第15話君を愛してる

「サオリ! 俺、研修終わったよ!」

「……おめでとう」

「? サオリ?」


研修を終えて、契約社員としてだけど一歩踏み出せたことを報告したのに、サオリは浮かない顔をしていた。何か、あったのだろうか。


「どうしたんだ。あまり元気そうじゃないな」

「ううん、大丈夫」

「大丈夫じゃなさそうだぞ。もしかして犯人がなかなか見つからないからか?」

「大丈夫だから……そうか……ヒロト……良かった……私も嬉しいよ」

「なんで、なんで泣くんだよ」


急に泣き出したサオリに戸惑いを隠せない。

泣きながらも必死に笑顔を作ろうとするサオリ。

触れることも出来ないので、抱きしめることも出来ない。


「ごめん、ヒロトごめんね」

「な、なんで謝るんだよ。俺はサオリのお陰で!」

「ちがう、違うの」


両手で顔を覆いながら、ふるふると首を振る。


「私、私は――もうすぐ消えちゃうから」

「え?」


突然の告白に、一瞬固まってしまう。

もうすぐ消える? どういうことなんだ。


「お、おい……だってまだ犯人は……」

「ちがう、違うんだよぉっ……!!」


わっと声を上げるサオリ。周囲の人にはもちろん見えていない。

いくら大声をあげても、俺以外の人には何も聞こえない。


「私がっ! 私がここにとどまっていたのは……犯人が見つかってほしいからじゃない!」

「何言って……」

「ヒロトが……ヒロトが心配だったから……好きで好きでたまらなかったからなんだよぉ……」


段々声が弱弱しくなっていく。

俺が、心配だったから?


「どういうことだ……」

「私がいなくなったら、ヒロトはどうなるんだろうって心配だった。私が、嫌われたくないと甘やかしてしまって、ヒロトをダメにしてしまった。だから、だから……」


嗚咽を漏らしながらも、サオリは続ける。


「神様にお願いしたの……安心できるまで、ヒロトの側にいさせてくださいって」


雑踏が、やけに耳に響いてくる。


「ごめんね……ヒロトが犯人を捜してくれるっていうから……ごめん、ごめんなさい」


下を向き、サオリがずっとごめんを連呼する。

きっと嘘をついてしまったことに対してのごめんなのだろう。

これが、サオリが付いた初めての嘘だったと思う。

でも、俺は。


「いいんだよ、サオリ。いいんだ」


こんな嘘、可愛いものだ。だれも傷つかない。

俺が、自分のためだけについてきたような汚い嘘じゃない。

綺麗な、優しい嘘じゃないか。


「死んでまで、心配させて本当にごめん。謝るのは俺の方だ」

「ちがう、謝らないで……」

「ううん、どれだけ謝っても足りないくらいだ」


そっと、サオリの背中に腕を回し、抱きしめるようなポーズをとる。

触れられなくてもいい。サオリへの思いを伝えられたら、それでいい。


「ずっと悲しませてごめんね。迷惑かけてごめんね。でも俺は、大丈夫だから」

「ヒロト……」

「サオリに会えて、本当に良かった。サオリを好きになって、サオリも俺のことを好きだって言ってくれて、本当にうれしいんだ」


どうしてこんな大事なことに、今になって気付くんだろう。

サオリが好きでいてくれることに驕りがあった。そんなものあっちゃいけないのに。

長い時間一緒にいて、嬉しい気持ちを忘れていた。


「もう、心配しなくてもいいんだよ。俺は、一人でも……大丈夫……だから……」


言葉とは裏腹に、とめどなく涙があふれてくる。

泣くなよ、俺。これじゃサオリがまた心配しちゃうだろうが。


「もっと、一緒にいたかった。ヒロトと、もっと一緒に」

「うん」

「でもいれないんだよね……だけど……ずっと大好きでいてもいいですか」

「……うん。俺も、俺もずっと……」


――サオリが大好き


そう言い終えないうちに、サオリは俺の腕の中から消えていった。

一瞬吹き付けた強い風が、サオリを空へ連れて行ったのだろう。

残された俺は、だらりと腕を落とし、膝から崩れ落ちてしまった。

道行く人が邪魔そうにしているのが分かっても、立ち上がることが出来ない。


「うわあああああああああああっ…………!」


もう、二度とサオリには会えない。

明日、この交差点きても、もうサオリはいない。

最初から俺がしっかりしたら消えてしまうと知っていたら、わざとだらけていたのに。

馬鹿な考えが一瞬浮かんだが、すぐに消える。

そんなことしていたらもっとサオリを悲しませていた。

だから、だから。



――これで良かったんだ。

こうして、俺とサオリの日々は幕を閉じた。

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