第13話怪我の功名

「いつもお世話になっております」

「本当にふざけたことしてくれたな!」

「も、申し訳ございません!」


意味も分からず放り出されたので、とりあえず事情を把握しようと先方に電話をすると、第一声から怒りの言葉だった。


「勝手に請求書送りつけてきてどういうつもりだ!?」

「ひぃ!」


思わず情けない声を出してしまったが、すぐに引っ込める。

話を聞くと、どうもまだ商談中だったというのに、勝手に商品と請求書が送られてきたらしい。

買うと決めていないのにこれはとても失礼に当たる。社会人ほやほやの俺でもそのことは容易に想像がついた。俺が商談をした覚えはないが、もしかしたら電話応対の時に間違って先輩に確定と伝えたかもしれない。

今は先方への謝罪が最優先だ。


「早く来い! 課長がお怒りなんだ!」

「はい、すぐにお伺いします!」


電話を切り、走る速度をあげる。

電車を乗り継ぎ、最寄り駅に着いたら急いで会談を駆け下り、改札を突破する。


「ここか……」


たどり着いた取引先は、足がすくむほどに大きなビルに入っているみたいだ。

服の乱れをぱぱっと直し、一度大きく深呼吸をしてビルの中に入っていく。

忙しそうに歩く人々。みんながお偉いさんに見える。


「あ、あの」

「はい?」


受付に向かい、名前と要件を告げる。ばっちりと化粧をした受付嬢が内線をつなぎ、どこへ向かえばよいかを教えてくれた。


「ありがとうございます」


一礼してこれまた急いで指定された場所に向かう。

改めて部屋に通され、お茶を出されたが、これからお叱りを受けると思うととても飲む気にはなれなかった。


「おまたせ」

「ったくよぉ……」

「ちょっと、落ち着きなさい」

「……すんません」


入ってきたのは課長と思わしき中年男性社員と、先ほど電話で話したと思われる若い男性社員だった。


「急いで来てもらってすまないね」

「いえ、こちらのミスですので……」

「……」


クレーム対応に来たことを忘れるほどに、課長さんの対応はやさしいものだった。

その代り、若い男性社員の睨みつける目がとても怖かったのだが。


「本当に、申し訳ございませんでした」

「ごめんで済んでたら呼んでねーんだよ!」

「落ち着きなさい。君も随分失礼じゃないか。もう下がっていい」

「しかし!」

「……下がっていい」

「っ分かりました……」


静かな怒りはこういうものだろうか。先ほどまで勢いづいていた若手社員は黙ってお辞儀をするとずこずこと部屋を出ていく。ぱたんとドアが閉められ、部屋には俺と課長さんの二人きりになった。


「どうもあの子はナメられるのが嫌みたいでね。悪い子じゃないんだ」

「は、はい」

「怒っていたのも、呑気な私の代わりという気持ちが強いんだろう」


自分で自分のことを呑気という課長さんを見て、呑気なのではなく温厚という言葉のほうが似合っていると思った。ただし、ひたすら温厚なのではなく厳しくするべきところはきちっと厳しくしているのだろう。先ほどのやり取りを見てもそれが分かった。


「あの、このたびは本当に申し訳ございませんでした」


深く深くお辞儀をして、商品の引き取りを申し出ようとすると、課長さんは手を振った。


「いやいやキャンセルしたいわけじゃないんだ」

「へ?」

「本当に良い商品だと思っているよ。でももっと詳しく聞きたいんだが……」


予想外の答えが返ってきてしばらく黙ってしまう。


「どうだろう? ここで商品について聞いてもいいかね?」

「も、もちろんです! 少々お待ちください!」


カバンを漁り、勉強ノートと商品カタログを取り出す。

きっと先輩ならそんなものがなくても口でうまく説明するのだろう。

が、残念ながらまだまだな俺には難しいことだ。


「失礼ですが、ノートを見ながらでもいいですか?」

「もちろん。ぜひそのノートも見せてくれないか」

「は、はい」


自分用のノートなので見やすさに関しては自信がなかったが、カタログの横に並べて説明を始める。

拙い説明になってしまっているはずなのに、課長さんは相槌を打ち、時折感心したような声を出しながら説明に耳を傾けてくれた。


「うむ。やっぱりいいものだね。買うとしよう」

「え……い、いいんですか!?」

「ああ。私はぜひとも、君からこの商品を買いたいんだ」


優しい笑顔を浮かべて課長さんは大きく頷く。


「いつも丁寧に電話対応してくれるからね、君は」

「え?」

「声を聞いてすぐに分かったよ。君は――いい営業になると思う」


課長さんの言葉で、俺は初めて気づいた。

この人は、いつもうちの新商品が出たら電話問い合わせしてくれる人だ。

まさか、電話のやり取りだけで俺のことを気にかけてくれている人がいたなんて。


「ありがとうございます!」


これが、俺が初めて営業として商品を売った日だった。

同時に、サオリが――。

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