第5話隣人
――ぶん殴られたところで、サオリの痛みには及ばないだろう。
「あっ」
交差点で信号待ちをしていると、見たことがある三人組を見つけた。
サオリと同期だった先輩たちだ。
どうやら事故現場に花を添えに来たらしく、一人の手に白い花束が握られていた。
気付かれないようにさっと信号を渡って様子を伺う。
「サオリぃ……なんでこんなことになっちゃったの」
大学時代にサオリと一番仲が良かった女の先輩だ。
名前はもう覚えていない。元々人の名前を覚えるのは苦手だった。
サオリだけ覚えていればそれでいいと思っていたし。
でも……唯一覚えていた名前がもう一人いる。
「高橋のせいに決まってんだろうが!! クソ! 見つけたら殺してやる!」
荒々しい口調でまくしたてる人物――それこそが俺がサオリ以外で覚えてる人物。
俺が二年で、サオリが三年だった当時のサークル幹事長、森野ユウヤ先輩。
「おいユウヤ、落ち着け」
「落ち着けるかよ! サオリが、サオリがかわいそうで、悔しくて……くっ……」
泣きながら怒るユウヤ先輩を、もう一人の先輩が宥めている。
そう、ユウヤ先輩はサオリのことが好きだった。
俺がサークルに入った時、周囲はこの二人が付き合うだろうと言う雰囲気だった。
でもそれは俺が登場したことで壊れたのだ。
『おい、後輩のくせに調子乗んなよ』
『サオリに気安く話しかけるな』
俺に対するユウヤ先輩の当たりは強かった。
そりゃそうだ俺よりも先にサオリに出会って、俺よりも一年分サオリのことを知っているのに、後から入ってきた俺の方が選ばれたんだから。
付き合い始めてからはさらに当たりが強くなった。それでも俺は平気だった。
だって、ユウヤ先輩が何を言おうがサオリは俺のことを好きだと言ってくれたから。
それだけで、十分だった。
「俺はぜってぇ高橋を許さねーよ」
「ユウヤ君、もう行こう。あたし……」
ここにいるのが辛いよ――。
女の先輩はそのまま泣き崩れてしまった。ユウヤ先輩たちが何とか支えながらその場を去っていく。
その姿を、俺と、そしてサオリは眺めていた。
「あー! ヒロト!!」
そして俺に気付いたのか、辛そうな顔をぱっと隠してサオリが手を振っている。
俺も何とか顔を作って手を振り返す。
「ユウヤ先輩たち来てたね」
「あ、見てた? なんか申し訳ないよね、ここまで来てもらって」
「みんなサオリが好きなんだよ」
好きだった、という表現はしなかった。だってみんなサオリが死んでしまった今でも、サオリのことを好きでいる。泣くほど、怒るほど、感情がむき出しになってしまうほどに。
そんなことを考えていると、サオリが珍しそうなものをみるように俺の格好を見ていることに気付く。
「何かおかしい?」
「や、スーツなんて珍しいなと思って」
「就活中なんだ。……って遅すぎるよなぁ」
サオリといるときからしろよ、って自分で自分にツッコミを入れる。
「全然決まんねーよ。大学中退の二年間ニートの俺は」
「そのうち決まるよ」
「そのうちじゃ遅いんだ。いや、うん、もう本当に遅いけど」
「ヒロトは確か、PCに強かったよね」
「何? 急に」
「得意なことを仕事に選んでみたら? 有名な会社じゃなくてもいいんだよ」
「得意なこと…… 有名な会社じゃない……」
目から鱗だった。
今まで俺は仕事と言えば何となく営業のイメージがあって、そして大手ばかり受けていた。
誰もが名前を知っているような会社を。
でもそうだ。サオリの言う通り得意なことの方がアピールが出来る。
有名な会社じゃなくてもステップを踏んでいけばいいのではないか。
むしろ有名な会社がこんな不良債権を簡単に採用するわけない。
いや、普通に考えればわかることだった。
「……ありがとうサオリ。ちょっと考え直してみるよ」
「うん」
「それより……犯人は?」
尋ねるとサオリは目を伏せて首を左右に振った。
「そうか……」
「もうこのまま逃げられちゃうのかな」
「そんなことない! 俺が絶対にサオリを傷つけた奴を――」
ここまで言ってはたと口をつぐむ。
サオリを傷つけた奴、それは俺も同罪だ。
「とにかく! 諦めちゃだめだ!」
「うん……」
「約束、今度は守るから!」
サオリにそう言い聞かせると、笑顔が戻った。
事故死した人間が見せるとは思えない素敵な笑顔だ。
「ヒロトはまず就活頑張らないと! ご両親を心配させちゃだめだよ」
そう言って、サオリはさっと俺の頭の上に手をかざした。
触れていないけど、頭のてっぺんが温かく感じる。
生前と変わらずにサオリは俺を甘えさせてくれようとしている。
なぁ、サオリ。
今まで笑顔を奪い続けてごめん。
死んでからも、サオリに甘えてごめん。
サオリは、俺といて幸せだった?
他の人といた方が、ユウヤ先輩といた方が幸せになれてた?
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