第12話 単純な真相

 結論から言おう。焼き肉は最高だった。

「おいしいっ!久々の牛だ!」

「ちょっと、貧乏丸出しの発言やめてくれる~?」

 ジュウジュウと焼かれるお肉と野菜とキノコ達は、絵面だけで食欲がそそられる。暑さも全く気にならない。

 玉ねぎや人参など定番の食材が揃っているものの、どの家庭でも用意する野菜に偏りがあるはずだ。我が家の場合、エリンギと椎茸、ピーマンがボウルに山盛りになっている。

 箸でピーマンを持ち上げながら、みさきはうっとりと息をつく。

「焼き肉のピーマンって、なんでこんなにおいしいんだろ。元々好きだけどさらにおいしい気がする。この焦げ目がチャームポイントなのかな」

「どこもカワイクないし、あんた頭が暴走してるよ。一旦落ち着きなさい」

 野菜をホットプレートに並べながら、結子が呆れて首を振る。苦笑していた千尋は母を見上げた。

「でも、椎茸も本当においしいです。焼き肉の時は今までエリンギくらいしか食べなかったので、少し意外でした」

「バターを加えるとおいしくなるのよ~。椎茸だけじゃなく、カボチャもほくほくになるの。お肉にも合うわよ」

 我が家の焼き肉には、バターが使用される。元々は、椎茸を焼く時バターを載せたのが始まりだった。椎茸の上から溶けたバターが流れ落ち、周囲の野菜にまで及んだ。それを食べてみたら思いの外おいしく、それからは定番化したのだった。もはや焼き肉という定義から外れているかもしれないが、そこも含めておうち焼き肉の良さだと思う。

「本当に、何でもおいしいです」

 千尋の褒め言葉に、みさきはピーマンを頬張りながら同意した。

「ホントおいし~、しあわせ~」

「あんたの幸せは安上がりね」

 そう言いながら母も楽しそうだ。

 やっぱり焼き肉は大勢で食べるとおいしい。久々の賑やかな食卓に、結子の笑顔も一層輝いていた。いないと物足りなく感じる程には彼が馴染んでいるのだな、と改めて実感する。

 心行くまで焼き肉を堪能すると、結子は食後のコーヒーの用意を始めた。先日千尋からもらったドリップタイプのものだ。みさきはホットプレートの片付けなどをしながら、母に今日の出来事を話した。

 母は怪訝に眉を寄せる。

「本当に岡様が、結婚式なんて知らないって言ったの?」

「そうなの。お母さん、なんでか分かる?」

 結子はコーヒーのフィルターに少しずつお湯を注ぐ。ゆっくり淹れた方がおいしくなるのだ。コポコポと濃い色の滴がマグカップに落ちていくのを見守りながら、母が答えた。

「う~ん。結婚式がなくなっちゃったとか?」

「そんな、縁起でもない」

 直前になってキャンセルなんて、トラブルが起こったとしか考えられない。しかしそう仮定すると、結婚式の話にさえ不機嫌にしていた理由が説明ついてしまう。

 若干不安になりながら台所で煩悶する親子に、背中から声がかかった。

「むしろ何が『何で』なのか分からないよ」

 千尋がダイニングテーブルに頬杖をつきながら、呆れたように見ていた。彼を一人にしては申し訳ないため、キッチンと向こうを隔てる扉は開いていた。

「オレはさっきの会話、本当にそのままの意味だったと思うよ。どんな会話だったか、ちゃんと覚えている?」

 突然話を振られ、戸惑いながらも記憶を辿っていく。

「えっと。確か結婚式はいつですか、って聞いて、そしたら結婚式なんて知らない。娘はいないって」

「他には?」

「人違いじゃないかって―――――人違い?」

 理解の色が広がっていくみさきの顔を、千尋は満足げに見守っていた。

「そっか!一人じゃないんだ!」

 大きな声を上げるみさきに、母が首をひねった。

「どういうこと?」

「岡様は二人いたんだよ!私達が勘違いしてただけ!二人の人を同一人物だと思い込んでたんだ!」

 うまく飲み込めないのか、母はポカンとしている。

「オレはその岡さんって方を見たことがないから分かりませんけど、そんなに驚く程似ているんですね」

 千尋がおかしそうに笑った。

「みさきさんは岡さんをよく知っていたからこそ、話をすればする程分からなくなったでしょう。でもオレは会った事がないから、客観的に考えられた。今回はそれだけの差だね」

 結子が慌ただしくパソコンを起動させる。顧客名簿を確認するのだろう。

 岡という名字でヒットしたのは二名。『岡英一』と―――。

「岡恵一様……」

 名前まで似ている。来店記録を遡って調べてみると、十五年前の日付が出てきた。岡恵一様は開店当初以来、来店したことがなかったらしい。

「そっか……さすがに十五年前に一度来たきりのお客様は覚えてなかったわ」

 なぜ日参し、洋服を一点ずつ持ち込むのか分からなかったが、そもそも別人だったなら合点がいく。

「着ている服の趣味や衣類の扱い方も似ていたから、まさか別人とは思わなかったわ……。三ヶ月も利用してくださっているのに」

 母はプロとして落ち込んでいるが、背格好も名前も服装もそっくりな人が、こんな狭い範囲にいるなんて普通思わない。

「仕方ないよ。このまま間違いに気付かずいたら、なにか大きな失敗に繋がったかもしれない。今分かってよかったって思おう?」

「そうね……確かにそうだわ」

 しばらく頭を抱えていた母だったが、何とか気持ちを立て直した。淹れたてのコーヒーをリビングに運ぶ。

「あんなに似ているのに、血縁はないのかしら。名字が一緒なんだし、もしかしたら兄弟ってこともあり得ない?」

「う~ん。でもそしたら、岡英一様の方も礼服をクリーニングしない?スラックスを出しに来てたんだし、私なら汚れてなくてもついでに出しちゃうな」

「あの真面目そうな方なら、前回着た時にちゃんとクリーニングに出してたと思うわよ」

「あ、そっか」

 納得するみさきの横で、千尋が口を開いた。

「でも、二人とも名前に『一』が入っていますよね。あのくらいの世代なら、長男か次男か、名前で判断できると思いますが」

「あぁ、そっか」

「言われてみればそうだね。『英二』とか『英三』みたいなカンジか」

 二人とも『一』が付くということは、両名共に長男である可能性が高い。

 納得しつつ、次にどちらかが来店した時に確認できないかと考える。だが、いつも不機嫌そうな『岡様』では会話自体が無理そうなので、比較的穏やかな『岡様』に絞るしかないな、とすぐに思い直した。


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