第16話 自伝

「あなたの記憶をいただきます。その代わり、最上級のを書かせていただきますので」

 そう言って、客の頭に手をかざす。以上。

「これで終わりになります。契約書はこちらになるので、丁寧に保管ください。ありがとうございました」

 客は帰っていく。

 

 客の契約書にはこう書いてある。 


・記憶のご提示をお願いします。

・一度提示した記憶はお客様にはお返しいたしませんのでご了承下さい。

・この契約によって作成された自伝は全国の書店で販売されます。

・この自伝による印税は全て契約者に支払われます。


 自伝作家。という自称を引っ提げて活動している俺は、インターネットの広告やSNSで「あなたの自伝を代筆します!」という宣伝をし、日々原稿を書きつつ依頼を待っている。この自伝代筆のメリットは、印税が全て契約者にいくこと。そして、必ず売れること。


 俺の書いた自伝は必ず売れる。それは今までの経験により帰納的に証明されている。なぜかは知らないけど。

 そして、売れれば印税が入る。その全ては契約者のもの。一気に大金持ちだ。

 

 だが、そんなことを信じる人間は全くと言っていいほどいない。実際、依頼に来る客だってたいていは信じていない。

 来る客は、みな人生に絶望した人だけだ。借金にまみれ、孤独の生活を強いられた者だけが、投げやりに依頼してくるのだ。

 彼らにしてみれば、一般的に、可能性など微塵も存在しないようなこんなでも、信じる価値のあるものとして映るのだ。俺は、そんな微かな可能性を信じ俺のもとにやってきた人たちに救いの手を差し伸べるのだ。

 そして、彼らの記憶をすべてもらう。それをもとに、自伝を書く。


 もしかして、記憶全てをいただくのは残酷だって思ってる?

 

 それは違うね。ちなみに、対価としてもらっているわけでもない。もっと言うと、この契約で僕は経済的な利益を生み出せない。お金貰わないからね、一銭も。


 全て善意によるものだ。人生に絶望した彼らの記憶をのさ!

 何も苦しまず、ただ家にいるだけでいい。お金は勝手に増えていく。そうやって、楽な生活を作ってあげている。


 経済的な利益はない。俺はただただ心が満たされるだけ。

 人間をまた一人。その事実が、俺の快楽だ。

 

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