第10話 Sightseeing
朝起きたら、まず部屋のカーテンを開ける。一日の楽しみが朝一番に味わえるのはやっぱり幸せなことなんじゃないだろうか。
僕の部屋にある窓は、毎日、ここではない別の場所の風景を映し出す。ある時は深い森の中、ある時は西洋風の廃れた建物、ある時はどこかの海の魚たちの世界。本当に多種多様で全然飽きることがないし、一度も同じ風景を映し出したこともない。
この現象は、朝の限られた時間にしか見ることができない。一度部屋を出てしまったり、カーテンを開けてから30分経つと普段の風景に戻ってしまう。
それに、僕の部屋でしか起こらない現象だから、自分にとっては宝物のようなもので、誰にも教えたくない唯一の秘密でもある。
どれだけ辛いことがあっても、悩みがあっても、朝起きてカーテンを開ける瞬間はいつもワクワクしたし、そのためならどんなことだって頑張ることができた。
僕はいじめられていた。親にも先生にも相談なんてできるはずもなく、友人だった人たちもいつの間にか僕から離れていった。
そして、独りになった。
学校にも行かなくなった。
そんな時だった。いつもみたいに憂鬱な朝を迎え、うつろな目のままベッドを下りた。
違和感を感じていた。その正体を探すため、視線を部屋の隅にまで配らせる。なんだろう。なにか、変な気がする……。そう思い、ふとカーテンの閉められた窓に顔を向ける。
ああ、これだ。光が少なすぎる。朝のはずなのに、やけに暗い。
日常的に締め切ったままのカーテンに手をかけ、恐る恐る開く。
向こう側の景色に、目を疑った。
「なんだよ、これ……」
光なんて無かった。そこに広がっていたのは、どこまでも続く地平線。窓を開けると、凍てつくような冷たい風が顔にぶつかってくる。
目の前に広がっていたのは、「夜の砂漠」だった。何も聞こえないし、もちろん誰もいない。
ふと空を見上げる。そこにあった風景に、再び目を奪われた。
奇麗で美しい星空がそこにあった。満点の星ってこういうことなんだ、と暢気なことを思ったりもした。
口がずっと開いていたんじゃないだろうか。瞬きを、ちゃんとしていただろうか。
吸い込まれそうな星空を目の前に、立ちすくむことしかできなかった。
どれだけの時間が経ったのか。気がついたら、僕のよく知る風景に戻っていた。世界は静かな眠りから覚め、動き出そうとしている。
何を見ていたのだろうか。夢だったのか。でも、直面したものはあまりにリアル過ぎていた。
そういえば、僕はあの時何も考えていなかった。いつも辛さや苦しさに苛まれていたはずなのに、さっきはそれを微塵も感じていなかった。自分の中から、間違いなく消えていた。
この日から僕は、また学校に行き始めた。なぜか分からないが、また明日もあの光景を見ることができるような気がしていた。
一日また、辛かったり苦しかったりすることがあるかもしれない。でも、そんなものさえ圧倒する景色がそこにある。
もう僕は、独りを怖いと思わないのだ。
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