第9話 きっかけ

 よく晴れた日だった。


 当時僕には、特にこれといった夢もなく、繰り返される毎日を過ごしているだけの人間だった。高校に入れば、何か変わると思っていた。中学の頃より勉強時間が増えて、遠くに遊びに行って、あわよくば、彼女もできたりして。


 結局、あまり大きく変わることはなくて、つまらない時間ばかりが過ぎていった。


 だが、そのよく晴れた日に、自分の人生は劇的に変わる。


 担任の先生の言葉が、まさに「きっかけ」だった。



「みんなに報告がある。今日から俺は、禁煙することにした」


 教室は、困惑の空気に包まれる。

 俺も、先生煙草吸ってるんだ、くらいのことしか思わなかった。


「つまりだな、きっかけなんて何でもいいってことだ」


 ……論理の飛躍が甚だしい。どういうことか思考を巡らせていると、ちゃんと解説が返ってきた。


「今日は、清々しいくらいの快晴。だから、禁煙することにした。何かをするきっかけなんて、こんなもんでいいんだ。高校入学とか体育祭とか、そういう大きな行事とか出来事をきっかけにするのもいいが、今日晴れているからとか、日直だからとか、髪の毛のセットがうまくいったからとか、そんなもんでもきかっけになるんだ」


 少し間を置き、こう締めくくる。


「きっかけはな、人生を変えるぞ」


 ハッとした。自分の中にあった思い込みが、こんなにも簡単に崩れるなんて。


 

 僕は、その言葉をきっかけにした。


 その日から、日記を書き続けている。


 が、一人の人生を変えたことを伝えたかった。


 今は、教師として働いている。


 そして今年度、僕の元担任が務めている学校に赴任してきた。明日、久しぶりにその先生と会う。この日記は、先生に見せなくてはいけない。


 先生に伝えた後、今度は、生徒たちに教える番だ。

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