第8話 傘が盗まれるという話
公共施設などに行くと、たいてい入口の側に傘入れが置いてある。マナーとしては、施設内に水滴を残さないためにもそこに傘を入れて中に入るべきなのだろうが、俺には到底そんなことできない。
理由は簡単。
傘が盗まれるから。
別に、毎回必ず盗まれるというわけじゃないし、また新しいのを買えばいいと思うかもしれない。
だが、なんとかなる、と思っているようじゃ甘いのだ。
盗まれないだろうと思って傘入れに傘を入れた日に限って誰かに持っていかれる。
買えばいいと言う奴に言いたい。コンビニで買えば500円する傘。かといって、100円の傘は小さくて扱いにくいし心許ないしで使うのを躊躇う。
損しかない。何も良いことなんてない。
傘を盗む奴は、自分が傘を持ってこなかったことを後悔し、ずぶ濡れになって家に帰るべきなのだ。
とまあ、ここまで盗人を糾弾してきたわけだが、実は俺も一度だけ、人の傘を勝手に持って帰ってしまったことがある。
家を出るとき曇ってはいたが、雨は降らないだろうとたかをくくっていたら見事にやられた。
その日は図書館に行ったのだが、館内に入った瞬間に雨が降り出した。結局、帰る時まで降り続けていたので、傘入れに入れてあった適当な傘を手にとってそれを使った。
家に帰って、ひどく後悔したのを覚えている。盗みを働いた。人に迷惑をかけた。
その時の自分の欲求に任せて行動したその代償は、決して小さなものではない。
次の日、その傘をを図書館の傘入れに置きに行った。せめて、持ち主の元へ戻る確率が上がるように。盗品を持ち続けるわけにはいかなかった。
盗むのものの金銭的価値なんて関係なくて、その行為は容易に人を不幸にする。
たとえ、傘一本でも。
いずれ、なくなるだろうか。
んー……。期待は、しないでおく。
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