第18曲【篠笛を教えてください!】

「・・・じゃあ私も先に帰るわね。また学校で。」

「ああ、お疲れさん。」

鷹の労いの言葉を受け取ると沙紀はまだ室内に残る三人に軽く手を振り、控室を後にした。

建物内ではイベントの後始末に追われているらしくスタッフがバタバタと慌ただしく動いている。

(・・・これからどうしよう。キーボードは続けたいけど、また新しくバンドを探すのも・・・)

そんなことを考えながら歩いていると眼前に大きなダンボールを両手で抱えたスタッフがすれ違い際に挨拶をしてくる。

「あ!【Late grass】さん、本日はお疲れ様でした!」

「あ、お疲れ様です。」

「今日は作業で見れませんでしたが最後大賑わいだったみたいですね。会場の外からでも歓声が聞こえてましたよ!見れなかったのが本当に残念です。またの参加をお待ちしていますね!!」

「ありがとうございます。・・・ですが私達は・・・あ、いえ、なんでもありません。また来ますね。」

「・・・?」

仕事で忙しそうな人にわざわざ時間をかけてまでここで言うことでもない。

こういうのは人伝ですぐに耳に入ってくるものなのだから。

そう思った沙紀は軽く会釈をして再度歩を進めたが、出入り口のすぐ外で会話している人影にハッとなりその足はまたもや止められる。

それは先ほど別れたばかりの奏と着物を着た見知らぬ女性だった。

沙紀は何の会話をしているのかが気になり、こちら側を向いている奏の視界に入らないように物陰に隠れながら、二人の会話が聞こえる位置までゆっくりと詰め寄った。

(あの着物の人、暗くて顔はよく見えなかったけど多分会場内の後ろで見てた人だわ。奏のファンなのかしら?)

ライブイベントに着物で来る人は珍しいため、なんとなくではあったが沙紀の記憶の片隅には残っていた。

前方で両手を振り上げながら声を張っている人達と比べ、落ち着いてはいたが真っ直ぐこちらを見ていて雰囲気全体を楽しんでるような感じ、沙紀の中ではそんな印象だった。

(盗み聞きはよくないけど・・・奏が何か驚いてるみたいだから友達としてちょっと心配だからということで・・・。)

沙紀はそう自分に言い聞かせると聞き耳をたてた。



「・・・なんでここに・・・!」

「【Late grass】ギター、間宮奏君・・・でしたよね? お久しぶりです。・・・ここは私の知人が運営しているライブハウスで本日はお客さんとして招かれていたのです。」

「!!・・・そうだったんですか。」

サイン会の時、彼女は確かに京都出身だとは言っていた。

だがこんな偶然がありえるのか。

世界の狭さを奏は実感した。

「何ていうか・・・拙いものを見せてしまってすみませんでした。」

真っ直ぐ星野の目を見る事ができず、下向き加減になる。

「そんなことありません。とても素晴らしい演奏でしたよ。・・・解散してしまうのが本当に惜しいぐらい。」

「・・・。」

気を使いながら言葉を選んだ星野ではあるが、奏にとっては一番触れられたくない人物にその事を触れられているような感覚なのだ。

「あの・・・もしよろしければ聞かせていただけませんか?それだけの指になるほどがんばっていたギターをどうしてやめてしまうのか・・・。」

奏の表情がさらに曇り、少しの間場に沈黙が続く。

だが星野は決して答えを急くようなことはせず、ただひたすらに奏の返答を待った。

「・・・見つけて・・・しまったからです。」

奏は重い口を開くように呟いた。

「・・・見つけた?」

「・・・自分が本当にやりたい楽器を・・・雪月花が開催されたあの日、僕は見つけてしまったんです・・・。」

「あの日に・・・」

「はい。これまでも僕はたくさんのステージを見てきました。だけど頭に抱く感想はいつも同じ・・・この人達も上手いなぁーとかそれぐらいのものでした。・・・そんな僕が初めて持てた気持ちだったんです。心の底からこの楽器をやってみたい、この人みたいな奏者になりたいって思ったのは・・・!!」


(・・・雪月花って確か和楽器の有名なイベントだったわね。・・・でも奏にそこまで言わせる楽器奏者って一体・・・?)

単純に彼女が奏のファンでギターをやめることに対して意見を述べているだけなら、険悪なムードにならないうちに仲裁に入るつもりの沙紀だったが、会話の内容は彼女自身気になっていたことでもあったのでそのまま様子を見ることにした。


「・・・それは何というがっ」

「篠笛・・・。」

「!!」

星野の質問よりも早く奏はその問いに答えた。

「・・・あの日見た星野さんの篠笛は誰よりも自由で・・・心に響いて、僕の音楽の世界を変えてくれました。」

「奏君・・・」

(そうだ。そのために僕は仲間も仲間の夢も犠牲にした・・・失うものはもう・・・何もない!!何よりこれで踏み出せなかったら皆に合わせる顔がないじゃないか!)

奏は大きく深呼吸をして顔を上げた。

今度はまっすぐに星野の目を見る。

「星野・・・先生!僕に・・・僕に篠笛を教えてください!!」

「っ・・・!!」

奏が真剣な眼差しになり頭を下げた瞬間ようやく謎が解けた。

サイン会の時、彼が何を言おうとしていたのか。

これが本当なら彼を変えたのは確かに自分だ、それが原因で一つのグループが解散になったのも事実である。

だが彼女はすぐにその申し出を引き受ける気にはなれなかった。

星野自身は演奏家であり続けたいと思っているのが本音であり、今まで何人かそういう申し出をしてきた者がいたがそれを理由に全て断ってきたのだ。

弟子は持たない、そう決めていた星野ではあった・・・が

「・・・わかったわ、奏君。ならあなたが私にとって最初の教え子よ。」

「っ・・・!じゃあ・・・」

「そのかわり、ちょっと厳しいかもしれないからそれは覚悟しておいてね。」

ぱぁっと明るくなった奏に悪戯っぽい笑みで星野は返した。

彼女がそれを引き受けたのは、負い目だけではなく、初めて会った時から彼自信に何かを感じ取るものがあったからだ。

それは自分と似ているようで何かが違う、言葉では言い表すことのできない何かを彼は持っているような気がしてならなかった。

「あ、ありがとうございます。改めて僕、間宮奏ですっ!これからよろしくお願いします、星野明稀先生。」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。」


(・・・篠笛と・・・星野明稀・・・さん? ・・・あの人が奏を変えた人・・・)

沙紀は物陰に隠れたまま、師弟となった二人を見つめている。

その二人の表情は先ほどの不安に満ちた顔とはうって違い、晴れやかな表情であった。


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