第17曲【終わりと始まり】

 奏が手に取ってみるとそれは親指ぐらいのサイズのもので金属加工が施されていた。

これだけ小さいものであるにも関わらず非常に細かな造りがされており、夜の満月を背景にした草が描かれている。

裏側に回転式のネジが組み込まれているところを見ると一度それをはずし、衣服等に穴を開けてからその裏側からネジで再度閉め直すといった使い方をするのだろう。

(・・・そっか。沙紀の実家って記章屋さんだったっけ・・・。)

「このマーク、もしかして・・・」

「ええ。【Late grass】をイメージして皆でデザインしたの。今まで一緒に演奏してくれてありがとう・・・大切にしてね。」

「沙紀・・・うん、ありがとう。みんなも・・・」

沙紀の目が潤んでいることがはっきりとわかった。

それにつられ奏も視界がぼやけていく。


 沙紀、【Late grass】ではキーボードを担当しておりいつも冷静でメンバーのお姉さん役でもあった。

鷹が思いつきなどで見切り発進しかけても先を予測し、物事を順序立てて考えることができる。

そんな彼女の計画性に【Late grass】は幾度となく助けられていた。

バンドとしてここまで順調に駆け上がれたのは沙紀の指針があったからといっても過言ではない。


「奏、俺のベースとセッションしたくなったらいつでも言ってこいよ!」

「お前とのステージ楽しかったぜっ!!」

「うん・・・僕もだよ。」


 タツ、メンバーの中では一番口数が少ない男ではあったが、楽器にかける想いは間違いなくこの中で一番熱い。

奏とはメンバーが集まらない中でもギターとベースでよくセッションした仲であり、共有した時間は最も長いだろう。

話し合いの場ではたまに核心をつくような意見を述べ、全員を黙らせることもあった。

そんな物静かなタツとは真逆の性格をしているのがドラムのリョウジである。

バンド内ではムードメーカーとして常に場を盛り上げていた。

それは彼の性格からくるもので本人はそういう役回りとなっていることを自覚しているわけではない。

ステージを重ねるうちに当然失敗はあったが、重たい空気を吹き飛ばしてくれる彼にメンバーは何度も元気づけられた。


 タツとリョウジから送られた言葉に奏は今出来る最高の笑顔で応えると鷹の方に体を向けた。

「最後まで迷惑かけてごめんね、鷹。・・・今まで一緒に演奏できてすごく楽しかった。」

涙をこらえながらの奏の言葉に彼はすぐに応える事ができなかった。

しようと思っても歯を食いしばっているので言葉に出来ないのだ。

そしてこの日ステージ上に初めての大粒の涙が落ちる。

また彼らが初めて見る鷹の涙でもあった。


「・・・っかなでええぇぇ!!頑張れよおまえええぇぇぇ!!!!」

「!!・・・っ」


そうだ、この声だ。

この声がいつも僕を引っ張っていってくれたんだ・・・。

ボーカル、そして【Late grass】のリーダー鷹。

単純な性格でありながらも誰よりも仲間想い。

今も彼の助けがなければ自分の気持ちに正直でいられなかったかもしれない、そう思うと感謝の言葉が止まらなかった。

ありがとう・・・こんな僕をここまで連れてきてくれて本当にありがとう。

「・・・っく・・・ぁぁぁあああ」

だがそれは言葉にならず、彼の一粒の涙と心からの叫びで奏は滝のようにあふれ出る涙をこらえることが出来ない。

この時奏は初めて気づいた、やりたいことのために犠牲にしたものの大きさを。

鷹、奏、沙紀の頬から大粒の涙が止めどなく流れ出てくる。

本人達にはもうどうすることもできない。

ここに至るまで確かにすれ違いはあった。

しかしそれでも互いを想う心が本気であるならば必ず届くのだ。

そう、ここは音楽を奏でる者達にとって魔法のステージなのだから。

【Late grass】が今までやってきたどのライブのどの曲よりも心に響いた彼の歌で会場が涙と拍手に包まれる中、イベントは幕を閉じた。


---○---○---○---


 いつからか外では白い結晶がちらちらと宙を舞っている。

京都は盆地であるため真冬でも雪が降ること自体珍しく、積雪も一年に二回あるかないかだ。

そのため京都府民は雪の耐性がない人が多く、凍結している状態でも平気でバイクを乗り回す人がいるのだから近くを歩く歩行者も気が気がでならないという話を高齢者からよく耳にする。

子供にとってはテンションがあがる気象ではあるのだが。

(雪・・・? 傘持ってきてないや。でもこの程度なら差すまでもないか・・・)

ライブハウスで仲間に別れを告げ、一人先に出た奏はこの雪がまるで今の自分の心を表現しているかのように感じ、少しの間眺めていた。

(・・・ひどくならないうちに帰らないと。)

そう思って帰路につくため歩き出したと同時だった。

「・・・ギター、やめてしまうのですね。」

聞き覚えのあるその声に奏はハッと後ろを振り返る。

忘れるはずがなかった。

彼女こそあの日、自分の世界を変えた張本人なのだから。

「・・・星野・・・さん?」

星野は柔らかい表情でただまっすぐに奏の目を見ている。

なぜ彼女がここにいるのか、いやそれよりもその事を知っているということは先ほどのライブを見られたのか、頭の整理が追い付かない奏はすぐに応えられずにいた。

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