第16曲【Late grass全員の答え】

「・・・僕た」

奏が、【Late grass】は今プロとしての活動を考えているという事を伝えて、この場を凌ごうと思ったその時だった。

「こいつはな、優しい奴なんだよ。」

(・・・え?)

囁くような言い方の鷹だったがマイクを通してはっきりと聞こえたその言葉に盛り上がっていた場が一気に静まり返る。

「・・・『ギターをやめなきゃいけねぇ状況』だってのに、俺達のことを考えてそれを言えずにいる。そういう奴だ。」

「鷹、どうして・・・!」

彼がそういう曖昧な表現をしたのは観客の目があってのことである。

『彼はやりたいことがあるのでギターをやめます』ではまるで今までやりたくなかったギターをやっていたように聞こえるからだ。

だがそういう細かな心遣いも動揺している今の奏には届いていない。

「お前の顔みりゃ、何を言おうとしてるかぐらいわからぁ。」

「・・・!!」。

鷹が割り込む事は予期していなかったのか他の三人も驚き、視線を二人へと向けた。


 その光景を見て当然事態を呑み込めない会場内の人間はざわつき始め戸惑いを隠せない。

それもそうだろう。

ステージ上では何か想定外のことが起きているように見える。

だがそれ以上にボーカルの鷹が言ったことの衝撃の方があまりにも強かったのだ。

彼らからしてみると【Late grass】のギター『間宮奏』と言えば数あるバンドのギタリストの中でも屈指の実力派である。

その彼が『ギターをやめないといけない』と確かにそう聞こえた、にわかには信じられないことであった。

これは何かの演出なのか、いやこんなことファンの前で言う冗談ではない。

だができれば聞き違いであってほしい。

【Late grass】の・・・特に彼のファンは困惑しながらもそう願っていた。

その観客達へ鷹は真っ直ぐに向きなおす。

一人一人を確認するように送る視線はまるで自分達を応援してくれていた人達の顔を脳裏に焼き付けているかのようにも見える。

「・・・そういう事で今言った通りこいつは【Late grass】を抜けなきゃならねぇんだ。・・・そして残るメンバーで話し合ったんだがな、どうやら俺達全員・・・奏を踏まえた【Late grass】じゃないと最高の演奏が出来ねぇと思ってるらしい。」

(えっ・・・!? 鷹、まさか・・・!)

この先何を言うつもりなのかは予想ができた。

しかし止めたいと思っていてもそれとは裏腹に言葉が見つからない。

ましてや止めたところで今まで通り活動できるかと聞かれたら素直に肯定できない自分がいるのだ。

(タツ、リョウジ、沙紀!誰でもいいから鷹を・・・!)

自分には止める権利がないと悟った奏は三人に順番に視線を送るが、タツとリョウジは動く気配が感じられず真っ直ぐ観客の方を向いているだけだった。

沙紀に至ってはうつむき加減になり目線を前に向けることが出来ずにいる。

(・・・もしかして皆最初からそのつもりで!)

止められない、そう確信した時だった。

「だからここまで応援してくれた皆にはマジでわりぃと思ってるが、俺達のステージは・・・これで最後にさせてもらうぜ。」

(っ・・・!!)

奏は目の前が真っ白になる。

(・・・僕のせいで・・・解・・・散?)

会場内からは悲しみと落胆の入り混じった声が横行していたが彼には自分の心拍音だけしか聞こえてこなかった。


(なっ・・・なにをいってるんだ、彼らは!最後・・・最後にするだとぉ!!)

彼らの発表に観客達とは違った意味で度肝を抜かれた男が心の中で咆哮する。

(・・・それじゃあ事務所に所属するという件は断るということか!?・・・プロデビューのチャンスを自分達で捨てるというのか!?)

そんなはずはない。

ここまで自分達の音楽に誇りと情熱を持っている彼らが憧れのプロのステージを前にしてメンバーが一人抜けるぐらいで解散などあってたまるものか。

バンド経験がなく仲間一人の重みも知らない蒲田にとって、なぜその程度のことで解散という決断に至るのかが理解不能だった。

(・・・そうだ、抜けるのはギターだ。代わり一人ぐらいなら私がなんとか探し出して!)

しかし、

「【Late grass】は今ここにいる五人・・・それが俺達の出した答えだ!」

(くっ・・・!)

彼の結論はこの場にいる全員に伝えたものであるが、蒲田にとっては自分に言われた事のようにしか聞こえなかった。

鷹の強い意志を感じるその口調からは発表したことが事実だと告げている。

もう二度とステージ上で【Late grass】を見ることができないと悟った観客達は一秒でも長く彼らをその瞳に焼き付けた。


「・・・もう時間は過ぎちまってるが最後に一つだけここにいる皆に頼みたい事がある。俺達が最後だから付き合ってくれるか。」

その瞬間歓声があがる。

一人一人が何を言っていたのか理解できたわけではない。

だが例え何も聞こえなかったとしても今ここで声をあげている人達は自分達の味方だとそう確信していた。

「俺達の仲間を、奏を気持ちよく送り出してやりてぇ。こいつはアホだから、どうせ今自分が抜けるせいで解散になったとか思ってるだろうしよ。」

「それは・・・!」

「お前が抜けようと抜けまいと【Late grass】を継続させることは出来た。だがそれをしなかったのが俺達だ。だからこの解散にお前は関係ねぇよ。」

「鷹・・・」

そうだ、【Late grass】のリーダーはこういう人だった。

感情的になることはあっても常に仲間のことを一番に考えて行動できる、そんな鷹がリーダーだったからこそ自分はついていけたのだ。

奏は目頭が熱くなっていくのを感じた。

会場全体が割れるような拍手に包まれる。

それは【Late grass】のリーダーである鷹の器に賞賛し、その彼が言い放った言葉に賛同を示した証だった。

「沙紀っ!!」

「ええ。」

鷹に名指しされた沙紀は一回頷くと舞台袖に姿を消すと片手の上に乗るような小さな小包を持って再び現れ、奏に近づいた。

「ギター卒業するのよね?・・・だからこれは、私達からの卒業記念品よ。」

「・・・ここで開けていい?」

「もちろんよ、お客さんにも見せてあげないと。」

リボンで結ばれた包みを丁寧に開ける。

(これって・・・)

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