第15曲【Last Stage】
会場内は既に熱気と歓声に包まれており、【Late grass】が舞台上に登場したことでそれはさらにヒートアップした。
今やこの場にいる観客の大半が彼らを見に来ているといっても過言ではないほどの人気と注目を浴びているのだ。
【Late grass】がこの日のトリとなったのは参加申し込み順による偶然のものではあるが、運営側としては最後に一番人気を持ってこれたおかげで途中退出する観客を最小限に減らすことができ歓喜していることだろう。
もう直ここで起こることを彼らは知る由もないのだから。
「ちっと遅いが、明けましておめでとうみんなぁっ!!今日もブッ飛ばしていくぜぇ!!!」
鷹の第一声に会場内は今日一番の盛り上がりを見せ、メンバーの名前を叫ぶ声が所かしこから聞こえてくる。
中でもギターの奏、キーボードの沙紀、この二人はヴィジュアル面においても『イケてる』という類に入りそのおかげで特に人気が高く、おっかけと思われる人達が横断幕まで作ってきている始末である。
その雰囲気は幾度となく大舞台を経験している『現役プロ奏者の彼女』からしてみても一目おくものであった。
(・・・さっきまでとは比べものにならないくらいの歓声。間宮奏君が所属しているバンドがこれほどまでとは・・・。)
前方で盛り上がっている観客とは少し離れて、やや後方から星野はそのステージを眺めていた。
この程度の規模のイベントは彼女自身何度も見てきたが、観客数に対しここまでの大歓声を耳にすることはまれであったのだ。
(聞かせていただきますね、あなたの旋律。)
勢いづく周りの歓声に流されず、星野は柔らかな表情でただ静かにその音を待った。
そこからさらに距離を置いた会場出入口付近では、一人の男が壁にもたれかかりペットボトルを片手に別の視点から彼らと周りの状況に目を光らせている。
(ふむ、毎度のことだがやはり【Late grass】がステージに立つだけで場の空気が一気に変わるな。)
今から半年前、彼らの噂を初めて耳にしたときはたまたま成功させたステージに尾ひれがついただけだろうと半信半疑だったが、当時チェックしていたバンドが出演するライブイベントに偶然彼らも参加していたことでその噂は出任せではないと知るきっかけとなる。
そこで彼らの舞台の初めてみた蒲田は、個々の演奏技術ということだけでは到底説明がつかない何かを感じ、その日以降【Late grass】を最優先チェックリストにあげていた。
『本当にとんだ拾い物をしたものだ』という気持ちから自ずとペットボトルを握る手に力が入る。
(彼らの成長は未だ止まることを知らない。・・・これは将来的にも期待が持てるぞ!)
音楽に本気で打ち込んでいればいるほどプロという言葉に憧れを抱く、蒲田はその事を経験から知っていた。
事実これまで彼がスカウトしてきたグループはこの話をして断られたことはない。
所属した後、それらのグループがどうなったか・・・に関わらずだ。
故に【Late grass】に話の本題を切り出した時、一瞬迷いにも似た動揺は見られたがあの反応から彼らがプロの舞台を意識していることに確信を持っていた。
それならば、後は他でもない事務所の・・・いや自分自身の利益のために彼らの背中を押すというのが自分の仕事だ。
そう思っている蒲田は、近いうちにやってくる期待の新星に薄ら笑いを浮かべていた。
---○---○---○---
【Late grass】の持ち味ともいえるその攻撃的な旋律は、その凄まじいリズムの中にも音楽に対する揺るぎない信念を強く感じさせ、既にたくさんの歓声をあげ疲れきっていたその場の人達を奮い立たせる。
それはまさにイベントのフィナーレを飾るに相応しいものであった。
彼らのステージを間近で見るたびに『元気をもらえる』だの『自分も頑張ってみたくなる』だの皆口々にそう言う。
だがそれは観客だけでなく、演奏してる彼ら自身もその歓声によって練習の時以上の実力が引き出せているような気がしていたのだ。
(・・・楽しい!・・・やっぱりこのメンバーでやるステージはすごく楽しいわ!)
大振りなアクションで髪を靡かせながら沙紀はキーボードを弾く。
これが【Late grass】における最後のステージになるかもしれないということは彼女も含め、奏以外の全員が知っているが曇ったような表情をここで出すわけにはいかない。
いや、最後になるかもしれないからこそ彼らは全力でぶつかりたかった。
もちろん奏本人にも同じことが言える。
(これが【Late grass】での僕のラストステージ。・・・なら全力で皆に届ける!)
奏のいつも以上に気合の入った演奏は観客をさらに熱狂させた。
(・・・やっぱりあの子、凄い・・・きっとここまで出来るようになるのにたくさんの時間を要したでしょうね。)
星野はステージ上の奏を食い入るように見つめていた。
雪月花のサイン会で彼と話して以来、どこか自分と同じような空気を持っていると感じ、自分に何かを言いかけた彼をやはり気になっていたのだ。
(・・・機会あればもう一度お話して、あわよくば一緒に演奏してみたいものですね。)
と星野は心の中で思った。
曲が終わっても終始途絶えることのない歓声は彼らの並々ならぬ努力で築き上げてきたその賜物だろう。
これで全ての組の演奏が終わりイベント自体もエンディングを迎えようとしていた。
歌い終わり息の落ち着きを取り戻した鷹は目の前で応援してくれる観客にまっすぐ視線を向ける。
「今日もたくさんの応援サンキュー!・・・最後に奏からみんなに発表があるから聞いてやってくれ!」
今度は一体何をみせてくれる気なのか、会場全体がそういう期待の空気に包まれた。
(なに? ・・・まさか自分達がプロデビューすることをもうここで発表するつもりなのか? ・・・まぁこれだけの客数だ、それならそれで宣伝にもなっていいと思うが。)
蒲田は口元に笑みを浮かべ、奏の口から出るであろうその言葉を待った。
鷹が奏に目配せをして合図を送ると彼は一つ頷き、ギターを抱えたまま数歩前へ歩み出る。
その瞬間大きな歓声が復活する。
(すごい歓声。・・・これが今まで僕達が積み重ねてきたものなんだ。【Late grass】皆の夢、その一滴・・・)
今日このステージに至るまでの経緯が彼の頭の中でフラッシュバックする。
こんな中途半端な気持ちで楽器を抱えていた自分が、ギタリストとしてここまで来れたのは温かく受け入れてくれた鷹達のおかげである。
(僕は今、そんな彼らの夢を奪おうとしている・・・)
奏は、何も言わず自分の言葉を待つ四人に一人一人視線を向ける。
彼らはまっすぐ観客の方を見ていた。
決して表情を崩すことなく。
(・・・ハァ、やっぱり無理だよね。)
少し考えた奏は小さなため息を一つつくと悟ったような笑みを浮かべた。
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