第13曲【無情なる提案】
【ライブハウスcore】年明けイベント当日。
前日は遅くまでメンバー全員で音を合わせていた。
自分の正直な気持ちを打ち明けて以来、【Late grass】のメンバーとはどこかぎくしゃくしているし、こんな状態でまともに出来るのかと思っていたが、昨日の練習では『いつも通り』の会話ができ、合わせることもできた。
その事から奏は内心ホッとしていたのだが、逆に全く何も言われないことから不安も覚えていた。
しかしどんな形であろうとリーダーである鷹から脱退許可ももらい、今日という日を迎えたのだから後は最後の舞台を全力でやるだけだった。
「おい、奏ぇ!どこまで行くんだっ!?俺達の控室ここだぞ。」
いつの間にか自分達の控室を通り過ぎていたことに鷹の声で気づく。
「え?・・・あ、ごめん。ちょっと考え事してて。」
「もう~・・・何度も来た事あるんだからしっかりしてよね。」
「俺はてっきりいきなり便所にでも行くのかと思ったぜ。」
「アハハッ。」
呆れた表情をしている沙紀とリョウジのコメントに奏は笑ってごまかす。
本来なら本番当日に余計な考え事なんてご法度だが、それで奏が演奏を乱すような男じゃないことをメンバーは今までの経験から知っていた。
それというのも本番前だけではなく、スタジオで練習している時もたまに何か考えているような節があり、それでも一人突っ走ったり間違えたりはしなかったので演奏に支障はないということで深くは考えずにいた。
だがそれが一週間前あのような形で返ってくるなんてことはメンバー誰一人として予想していなかった。
どうして奏が悩んでいることに気付いてやれなかったのか・・・いや厳密に言えばどうして気付いていたのに一声かけてやれなかったのか。
彼が己の気持ちを打ち明けて以来、四人全員が後悔していることであった。
控室のドアを開けると五人にとっては見慣れた光景が目に入る。
長方形の部屋に、いくつかのロッカーが設置され、奥にはメイク用として美容室等に用いられてそうなサイズの鏡が壁越しに備え付けられている。
中央にはガラステーブルを中心にそれを囲うようにソファーが置かれくつろぎ空間もある。
それでも決して広いとは言えないその控室だが、もはやこのライブハウスにおけるイベントの常連となった【Late grass】は幾度となく世話になっている。
彼らと一緒にここに入るのは最後だと思うと名残惜しいものがあると奏は感じていた。
しかしそれは彼だけではない。
「・・・はぁ。この部屋に五人で入るのも今日で最後・・・か。何か名残惜しくなってくるわね。」
ため息交じりの沙紀の言葉に鷹は一瞬ハッとしたが、その発言自体には特に問題はなかったことに気付き表情を戻す。
「だな。まぁこればっかりは言っても仕方ねぇ。奏、今のうちにしっかり愛でとけよ。」
「何をっ!?」
リョウジのボケ交じりの発言に奏はいつも通りのノリ突っ込みで返し、タツと沙紀が鼻で笑う。
これが【Late grass】の日常の一つである。
その様子を見て鷹は大丈夫だと確信した。
「よっしゃ。それじゃあ俺達の出番は一番最後だ。まだ時間に余裕はあるが早めに準備しとけよ、お前等。」
「OKぇ!」
語尾こそ違うがリーダーの指示に四人が気合を入れ直した時だった。
コンコン!
控室のドアをノックする音が室内に響き、五人が訝しげにお互いの顔を見合わせる。
「・・・なに? さすがに出番としては早すぎるわよね・・・はーい。」
沙紀が返事をしてドアを開けるとそこには一人の若いスーツ姿の男が立っていた。
そのキチッとした身だしなみと雰囲気から察するにここのイベントスタッフではないということが五人の目でも明らかだった。
一体この人は何者で自分達に何の用事があるのだろうか、沙紀が開けたドアの隙間から覗きこむような体制で四人も考えた。
今までこのライブハウスのイベントには幾度となく参戦してきた【Late grass】であったが、本番前に舞台準備以外の用事で控室に誰かが訪れることはなかっただけに警戒心を駆り立てる。
妙な不安が全員の頭を過ぎった。
「本番前に失礼致します。【Late grass】さんですよね?」
「はい、そうですが・・・。何でしょう?」
非礼を詫びてはいるが自分達が【Late grass】であることを知っていて確認したような発言に沙紀は少し苛立ちを覚えたが、この男が誰なのかわからない以上無愛想にするわけにもいかず出来る限りの愛想笑いで返した。
「突然の訪問すみません。私、TSUBAKI芸能プロダクションの蒲田(かまた)と申します。こちらのライブハウス関係者の方に【Late grass】さんが到着されたとお聞きしたのでぜひ一度お話をと思いまして。」
「・・・芸能プロダクション?」
鷹の反応に男は自信ありげな表情で答える。
「はい。」
「・・・立ち話も何ですのでどうぞ中へ。」
沙紀は鷹と視線を交わすと、彼がうなづいたのを確認し、蒲田を中へ招き入れた。
「実をいうと以前から噂で気にはなってて最近よく見させて頂いていたんですよ。」
テーブルを囲うようにして全員がソファーに座ったのを確認すると五人の視線を浴びながら蒲田は話を切り出した。
その言葉にいち早く反応したのはリョウジである。
「噂・・・ですか?」
「はい、結成してまだ間もないというのにたくさんのファンを味方につけ、他を寄せ付けない程の勢いでどんどん駆け上がっていくバンドグループがある・・・そんな噂ですよ。」
「・・・それが俺達って事っすか?」
この男の性格なのかどこか含みのある言い方に鷹は素直に喜ぶことができず、ぶっきらぼうに返した。
「ええ、その通りです。私自身も【Late grass】さんの舞台は何度か拝見しましたがその度にレベルが高くなっておりその成長速度には驚かされました。」
「ありがとうございます。」
しかしそれは彼だけではなく、口を揃えて礼を言ってる他の四人も心境は同じだった。
「それでですね、もし今後プロで活動していきたいとお考えならば是非皆さんにはうちの事務所に所属してもらい、しかるべき研修を受けてもらった後にプロデビューの場として私達が企画するステージに立っていただこうかと考えているのですが興味などはございませんか?」
「プロデビュー!?」
五人の目が一瞬大きく見開く。
この時ようやく合点がいった。
なぜ最初に対応したライブハウスの関係者は本番前であるにも関わらず自分達のところへこの男を寄こしたのか、それは彼が本物のスカウトマンだと知っていたからなのだ。
そして持ちかけられた話は本来喜ぶべき内容であったが、今の彼らには無情とも呼べる提案でしかなかった。
(・・・何で今なんだよ!)
鷹が拳を握り唇を噛みしめる一方、奏はただ無表情で一点を見つめていた。
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