第12曲【Late grass】
奏の通う大学の一室ではその日の講義が全て終わり、室内には楽器を抱える四人の男女が残すのみとなっていた。
しかしその表情は驚きから一転して窓から見える漆黒の夜空よりも暗いものへと変わっていった。
「解散・・・するだと・・・本気で言ってるのか、鷹!?」
目の前にドラムがあるようなイメージで叩く仕草をしていた男が動きを止め、その場にいた三人の気持ちを代弁した。
「・・・ああ。」
「だけど、それじゃあ奏が自分のせいで解散になるって思うんじゃ・・・!」
沙紀のその懸念は鷹自身も考えていたものだった。
そして絞り出した答えが、
「だから奏にはその時が来るギリギリまで隠しておくつもりだ。・・・そうすりゃ、あいつは悩まずに済むだろ。」
というものだった。
「お前・・・」
「もう決めたんだよ!!お前等だってあの時の奏の目を見ただろ。あいつの意志は変わらねえ!お前等もよく知ってるはずだ。・・・だったらこうするしかねぇじゃねぇか。」
何かを言おうとしたベース役のタツを遮るように、鷹は自分の決意が固いことを示した・・・が、タツはこの時反論するつもりなどさらさらなかった。
むしろ、この状況でもメンバーを心配しているリーダーとしての器に感嘆したのが今の発言となったのだ。
「・・・馬鹿なりに考えたんだがよ。今からギターを探しても簡単には見つからねえし、仮に見つかったとしてもここまで形になるのには時間がかかる。それ以前に、どれだけ上手いやつが入ってきたとしてもお前等はそいつを【Late grass】のギターだって認めることができるか?」
「・・・。」
鷹が三人に向けたその問いかけに答えた者はおらず、とどのつまり否定を意味していた。
この場にいる誰もが【Late grass】のギターはやはり奏しかいないと思っているのだ。
大学に入って全員が一人の状態から始まった学生生活。
バンドサークルに入り、初対面であった四人はすぐに意気投合したが、どうしてもギターだけが見つからず四苦八苦していた中、遅れてサークルに加入してきた一人の同級生。
当然声をかけたが彼はいろんなバンドから誘いを受けていたこともあり半ば諦めかけていた。
そんな中、自分達の元へやってきて【Late grass】に入りたいと言われたときの嬉しさは昨日のように思い出せる。
最後に仲間となった彼は自分の意志を大事にする人間であったが、それ以上に協調性があったため決してメンバー間で波風を立てるようなことはなかった。
それから五人は気が付けば一緒に行動しており、練習やライブをする上で当然上手くいかない時や失敗した事もある。
だが、その度に支え合い刺激し合い、リーダーである鷹もそれについていく者もこの五人ならどんな状況になっても上手くやっていける、そう確信していた。
例え就職して離れ離れになっても定期的に会ってこの先も一緒に活動できるかもしれない、一生付き合っていけるかもしれない、少なくとも彼らの中にはそんな期待があったのだから。
バンドとして以上に、最高の仲間達に巡り合えたと思っていたのだから。
少し間を置いた鷹は全員が同じ気持ちであるということを再認識すると自身でその問いに答えた。
「俺には無理だな。他のやつがうちのギターだなんて想像もつかねぇ。・・・あいつを含めた俺達五人だからこその【Late grass】なんだよ。」
「・・・確かに、ね。鷹、あんたがそう決めたんなら私はそれでいいよ。タツとリョウジはどうする?」
「どうするもなにもリーダーの決定なんだ、従うしかねぇんじゃねぇか。」
「・・・だな。」
タツの言葉にリョウジも相槌をうつ。
この二人の表情に笑みがこぼれたのはやはり全員考えることは同じだという嬉しさからだった。
「お前等にはわりぃと思ってる。こんな決断しか出来なくてよ。」
「んなこたねぇよ。お前が突っ走ってくれたから俺達も好き放題出来たんだ。むしろ感謝してるぜ、リーダー。」
「・・・へっ、柄にもなく気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ、タツ。」
「おい!人がせっかく・・・」
「ハハハハッ!冗談だよ。奏には最後にステージで言う言葉を考えておけって伝えてあるから、お前等も余計なこと言うなよ。・・・それと沙紀、最後に一つ頼みがあんだけどよ。」
「え、私?いいけど・・・何?」
日も落ちきった夜空が背景となり、映えるその教室の明かりは【Late grass】その名のように四人を照らす。
---○---○---○---
『本当に残念ね。オーナーがあと少し時期をずらしてくれていたら、準備もできただろうし明稀にはゲストとして参加してもらおうと思ってたのに。』
「仕方ないわ。年明け行事ならあまり遅く開催するわけにもいかないものね。それに私自身たまにはゆっくりお客さんとしてライブを見てみたいって思ってたから。」
携帯電話越しに聞こえてくる友人の声に星野は自室のベッドに腰掛けながら応対する。
雪月花が終わってから数日経つが今年は彼女自身正月の雰囲気を楽しみたい事もあり、篠笛奏者としての予定は入れていなかった。
毎年この時期はいろんな行事に引っ張りだこになり、知らない内に一月が終わっていましたというのがお決まりの形であったからだ。
『そう言ってもらえると嬉しいわ。場所と時間は大丈夫?』
「ええ、ちゃんと覚えてるわ。今年はどんな人達が参加するのかしら?」
『去年は社会人を対象にしたイベントだったから、今年は学生が対象よ。参加グループについてはうちのホームページで既に公開されているから口で説明するよりそっちを見た方がいいと思う。』
「ありがとう、見ておくわ。・・・それじゃあ土曜日、運営頑張って。」
『うん、明稀も気を付けて来てね。』
電話が切れたことを確認し、星野は携帯を閉じて腰掛けていたベッドから立ち上がると、パソコンが開いてある机のところへ移動し椅子に座りなおした。
(えっと・・・『ライブハウスcore』っと・・・)
慣れない手付きで検索サイトにキーワードを打ち込み友人のサイトを探す。
篠笛の演奏は超一流の星野ではあるが機械にはめっぽう弱く、当然キーボードの配置も覚えていない。
必然的に下を見ながら文字を打つことになるが、当初間違えた文字を消す方法もわからなかった彼女からしてみればこれでも大分成長したと思っているのだ。
(あった!えっと・・・年明けイベントの・・・出演者、これね。)
星野がその項目をクリックした瞬間、画面には縦二列となって出演者グループの写真と簡単な情報が出てくる。
(・・・八組か、時間の割には結構出演するのね。)
そう関心していたところへ一つのグループが彼女の目に止まる。
(【Late grass】・・・直訳すると『月下草』ね。神秘的でいい響きじゃない。・・・ってあら?このギター持ってる子って・・・)
数日前の事がフラッシュバックする。
最初は会場の入り口で出会い、サイン会では自分に何かを言いたかったような素振りを見せる。
それはもう頭から離れかけていたあの時の青年だった。
「・・・ギター、『間宮奏(まみやかなで)』・・・それがあの子の名前・・・」
星野はしばらくの間、その写真と記載されているプロフィールを眺めていた。
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