第11曲【交錯】

「ちょっと落ち着きなさいって、鷹!・・・奏、まずは理由を聞かせてくれる?」

五人組の中で紅一点、長い髪をアッシュ系の色に染めた女性が目の前にあるキーボードを離れ、冷静を装い二人に近づく。

ゴシックで決めたそのファッションは彼女のクールさを際立たせており、年齢不相応ともいえる大人の女性を演出している。

「うん・・・やりたい事が・・・自分が本当に演奏したい楽器が見つかったんだよ。」

「それはうちのバンドじゃあできないことなのか?」

ドラムスティックを握っている頭を丸めた青年が聞き返す。

冬であるにも関わらず、シンプルなデザインの半袖を着ておりそこから見える筋肉質な体系はドラマーというより、ジムにでも通っていそうなスポーツマンというイメージだ。

「うん。楽器の種類も音楽性も何もかもが違うから。」

「・・・じゃあさ、私達のバンドと並行してやるっていうのは?」

「沙紀、僕はそんなに器用じゃないよ。学生だしバイトだってしてる。第一こんな中途半端な気持ちでギターを持ったらきっと皆に迷惑をかけるし、ましてやお客さんの前に立つのはすごく失礼な事だと思うから。」

「・・・」

誰かがそういった提案をしてくることを想定していたのか奏はまるであらかじめ用意していた台本を朗読するかのように答えた。

この場にいる四人が彼に対して反論できなかったのは、奏のその言葉が確かにその通りだと納得してしまったからだろう。

「ギターはバンドの主軸だ、そいつが抜けちまったら継続なんてできねぇ!んなことお前ならわかんだろうが!!」

「それに来年は全員就活があるし、俺達にとっても満足に活動できる最後の年なんだぞ。」

リーダーである鷹の勢いに触発されるかのようにドラムの男も続く。

「・・・うん。だから皆には本当に申し訳ないって思ってる。だけど・・・それに正直言うとね、【Late grass】に入って少しした時から皆と僕とはずっと何かが違うって思ってた。」

「え?」

どこか寂しそうな顔を浮かべている奏のその発言は予期しないものだったのか、四人の視線が彼に集まる。

「皆は自分が一番好きな楽器に力を入れられてるでしょ? だからあんなに楽しそうに頑張れるんだと思うけど、僕はそうじゃない。・・・僕がギターを頑張ってた理由はわかる?」

「それは奏も俺がベースにすべてをかけてるのと同じような理由だと思ってたが。」

室内であるにも関わらず帽子をかぶっているサングラスの男が口を開く。

普段なら彼はメンバーの中でも一際口数が少ない方で静かに闘志を燃やすタイプであるが、今回は率先して答える。

それは恐らく、奏の楽器に対する気持ちの確認とそうであってほしいという彼自身の願望でもあったのだろう。

「・・・ううん、少しだけ違うよタツ。確かに僕はギターを含めていろんな楽器が好きだよ。でもね、これが一番だって自信持って言える楽器は今までなかった。そんな僕がここまでギターを頑張ってこれたのは・・・皆についていきたかったから、かな。改めて言うと恥ずかしいんだけどね。」

奏は頬をかきながら照れ隠しのために笑ってみせる。

「っ・・・!」

この笑顔を見た瞬間、普通の付き合いよりも長く時間を共にしてきた彼らは、何を言っても奏の意志は変わらないのだろうと悟った。

だがそれでも彼らは認めることが出来なかった、認めたくなかったのだ。


四人が言葉を失い室内が沈黙したその瞬間、

パッ!パッ!パッ!

と場の暗い雰囲気をかき消すように室内入口にある赤いランプが点灯する。

「ちっ・・・時間か、とりあえず出るぞ。奏、俺はまだ許可したわけじゃねぇからな。」

「・・・。」

新年初日から波乱の幕開けとなった【Late grass】はその後メンバー間でろくに会話を交わすこともなく、スタジオ前で別れそれぞれの家路につくことになった。

ライブ本番まで残り一週間となった日の出来事である。


---○---○---○---


三日後。

スタジオでの出来事以来、奏の気持ちは落ちていた。

それでも学校には行かないといけないし、バイトにも出ないといけないのだ。

同じ学校である以上【Late grass】のメンバーと顔を合わすこともあり、互いに挨拶は交わしたがそれ以上の会話をすることもなくどこかぎこちない。

こんな思いをするのならいっそのこと篠笛と出会わなければよかったとも思った。

しかし、その考えを奏はすぐに払拭した。

(・・・ようやく見つけたんだ、自分のやりたい楽器。まだ許可はもらってないけど、次のステージでけじめはつける。)


「・・・と聞いてはる?奏君!」

「え?あ、すみません。何でしたか?」

洗い物をしていた事に加え、いろいろ考えていた奏は自分を呼ぶ声に反応が遅れる。

「お酒、広間まで持って行ってって言うたんやけど・・・上西さんがもう行ってくれはったわ。」

「すみません。ぼーっとしてました。」

その様子を見た若手の仲居は一つため息をつき、何か思い出したように別の話を切り出す。

「もう・・・。そういえば女将さんから聞いたんやけど、奏君やりたい楽器見つかったんやて? ここんとこ元気がないように見えるんはそれに関係してる事ちゃうん?」

(うっ・・・何で女の人はこういうのに鋭いんだろう。しかも情報早いし。)

ここが旅館である以上、勤務する人間はその仕事上どうしても女性の比率が高くなる。

そういった職場での噂話の伝達速度は目を見張るものがあり、インターネット上で拡散されていく情報といい勝負になるだろう。

「・・・おっしゃる通りです。・・・でも職場に持ち込んでるようじゃ駄目ですね、気を付けます。」

奏にとって彼女は職場でのいいお姉さんという感じではあるが、世話焼きであるため聞かれたくないことまで聞かれることもあり、しばしば返答に困ることがある。

それでも奏にとっては何か相談したいときに頼れる数少ない人間だ。

奏が無理をして愛想笑いを浮かべてるのも仲居は気づいたが、自分が介入するようなことではないと思った。

だが後輩思いである彼女は何か助言がしたかったのだろう。

「せやね。わかってはるみたいやし深くは聞かへんけど、やりたいことあるんやったら失敗を恐れたらあかんで!私なんかよりずっと若いんやしいくらでも取り戻せるわ! 見当違いなアドバイスやったら堪忍。」

「ありがとうございます。・・・でも松山さんって確か僕と四つしか違わないですよね?」

「女性に年齢の事を言ったらあかん!!」

理不尽と思われる彼女の突っ込みも今の奏にはありがたく思えた。



 その日の勤務を終えた奏はスタッフルームに戻り、明日の講義を確認するため携帯を開いた。

(メールが来てる。・・・鷹から?)

心臓がバクバクと音を鳴らす。

彼にとってメール一つ確認するのにこれほど緊張したことは今までなかった。

メールを一字一字丁寧に読んでいくその表情は次第に変わっていく。

奏は目頭が熱くなっていくのを押さえるように、握りしめた携帯をおでこにあてがう。

「・・・ありがとう・・・鷹・・・!」

不器用でストレートな【Late grass】リーダーの一文はただ一言こう記した。

『ステージの最後に言う言葉を考えておけよ。』

と。

だがその文の本当の意味を奏はこの時理解していなかった。

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