第8曲【和楽祭典『雪月花』】

-七年前初冬-


「雪月花?」

「あら、奏君いろんな楽器やっているのに知らへんの?」

「はい、和楽器のことは詳しくなくて今初めてその名前を聞きました。」

「まぁ最近の若い子は和楽に興味を持つ子なんていーひんしねぇ・・・。」

木製で出来た受付カウンター内で四・五人は入れるそうなスペースに、着物を身に纏い風格を漂わせている初老の女性とまだどこか幼さを残している顔だちで半被姿の青年が横並びになり会話をしていた。

時間は正午を少しまわっているということもあり、館内で連泊となっている宿泊客は観光に出払っていて、残っているのは従業員だけとなっていた。

ここは奏がアルバイトとして世話になっている旅館である。


 京都の中でも特に宿泊施設がかたまっているこの通りでは、京都駅が近いこともあり平日でも旅行客でごった返していた。

近くには某大学のキャンパスなどもあり、日々勉学に勤しんでいる学生も多く見受けられる。

奏自身もその大学の生徒であり、今日は講師の体調不良により休講になったということで急遽アルバイトに来ていたのだ。

「興味はあるんですけどね。難しいって聞きますしなかなか踏み込めなくて。」

「難しいのは本当やで。楽器によってはまともに音が出るまでかなり時間がかかるっていいはるし。せやけどここに来はるんはすごい人だけやし行ってきーな。」

「具体的にはどんなイベントなんです?」

「私も詳しいことは知らへんけどな。いろんな大会で良い成績を残した人達だけが集まるゆーて、今日本で一番大きい和楽器の祭典やってチケットくれた人がいうてはったわ。」

「それは楽しみですね。・・・でも女将さん、いいんですか?本当にもらって。」

「かまへん、かまへん。私は仕事でどっちにしろ行かれへんし。」

手をフリフリしながらそういうと女将と呼ばれた初老の女性は、カウンターの引き出しをゴソゴソと探し出し、白の横長封筒を奏に手渡した。

「ありがとうございます。じゃあせっかくなので行ってきますね。」

(・・・【和楽祭典『雪月花』2009】か)

渡されたチケットを手に、初めて接する和楽に奏は心弾ませていた。


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-和楽祭典『雪月花』-


 洋楽器の人気が衰えない現代の日本において、和楽器のことも知ってもらいたいという目的で始まったこの祭典は、今や和楽界を代表する最大規模のコンサートイベントとなっている。

二○○一年から始まったこのイベントは今年で九回目を迎え、毎年大晦日に開催されている。

ジルベスターコンサートの和楽器バージョンともいえるこの大イベントはその『システム上』、年々舞台の質が上がってきていることもあり、それに伴い来場者も増える一方である。

 和楽器奏者であるなら誰しも一度は立ってみたい憧れの舞台ではあるのだが、そこに立てるのはほんの一握りの人達なのだ。

そもそも雪月花というのは本来四季を表す言葉であるが、主催者側がそれを忠実に参加規程として取り入れようとしたのが、ハードルを高くした事の発端であった。

結果からしてみれば大成功と言えるがそのシビアな参加資格に奏者は幾度となく涙をのまされた。

だがそれ故にいつかその舞台に立てる事を夢みて挑戦し続ける者が後を絶たないのもまた事実なのだ。

その問題の参加資格にはこう記されてある。

【参加資格:同協会主催のコンクール『春風』・『夏草』・『秋月』・『冬霜』の内、いずれかの三大会を通年で三位以上の入賞を果たしていること。もしくは同協会の推薦がある者。】

一見ややこしい書き方のように感じるが、これは三ヶ月毎に開催されるそれぞれの季節をテーマにした大会(以下四季大)で一年の中で三位以上の成績を三回残せというわけだ。

四季大が開催される時期は毎年若干の違いはあるが、大抵四月(春風)・七月(夏草)・十月(秋月)・一月(冬霜)である。

最後の『同協会の推薦がある者』については、出演者が不足したときの処置のためと思われるがこの雪月花が開催された当初にしか過去適用された実例がない。

逆をいえば、以降毎年参加資格をクリアする猛者が現れるということを意味しているのだ。

これ以外には特に記載されてなく、年齢制限もなければ、個人でも団体でも問題ないとされている。

だがその大舞台にたどり着くための土台となっている四季大ですら、誰でも出場できるというわけではなく一次審査というものが存在し、演奏動画を作成した上で主催者側の審査を受け合格しなければならないのだ。

最終的に雪月花に立てる演奏者(チーム)は十にも満たない狭き門だが、そんな厳しい条件にも関わらず毎年四季大の一つの大会だけで日本全国から百を優に超えるエントリーがある。

これだけの大規模な行事となり、今なおエントリー人数が増え続けているのであれば年を増す毎に質が上がるのも必然と言える。


そしてこの二○○九年もまたその時期を迎えようとしていた。


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【和楽祭典『雪月花』2009】当日。

余裕を持って家を出た奏は三十分前には会場に到着した。

正面に見える建物はドーム状となっており、その周りには木々が生い茂り右手の方を見るとお洒落な噴水から水がシャーシャーと湧き上がっている。

そこには広場のようなスペースとしてベンチも設置されており、まるで公園のようだ。

(うーん…ちょっと早く来すぎちゃったかな。)

楽しみにしている行事ともあれば、アクシデントが起こることも考え早目の行動に移るのは自然と働く心理である。

会場の外では祭典を見に来たと思われる人達がそこかしこで時間を潰していた。

どうやら楽しみにしているのは奏だけではないらしく、館外では既ににぎやかなムードとなっている。

とりあえず館内入口の前まで進んでみた奏は雪月花の看板が立てかけてあることを確認し、もう入っていいのかどうか迷っていたところでいつの間にか後ろに人が立っていることに気付く。

「あ、すみません!」

とっさに頭を下げて邪魔になっていたことを謝りすぐさま横に避ける。

「いえ。もしかして、今日のコンサートを見に来られた方ですか?」

着物の上に厚手のコートを羽織った女性はにっこりと微笑み、奏に問いかけた。

「あ、はい。そうです。」

「ありがとうございます。楽しんでいってくださいね。」

着物の女性はにこやかにそう返すと着衣を乱さぬよう小さな歩幅で会場内に入っていった。

(綺麗な人・・・。会場のスタッフの人かな。)

数十分後、奏のこの予想は思いがけない形で答えとして返ってくることになる。


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