みかくにん・かんじょう・どうぶつ

椙山浬

カランカランと鳴かないで

「ずいぶん、静かになっちまったな……」


 例の巨大セルリアンをやっつけてから数日後。

 オレは地下迷宮に戻ってきていた。やかましいのがニガテなんだ。急にたくさんのフレンズを見てビビっちまったとか、そんなことはない。

 それに、ここには離れられない理由があるんだ。


「今日もつっかえご苦労さん、っと」


 また蹴られちまったらオマエの仕事がなくなっちまうからな。

 そう言おうとしたけど、口数が増えるぶんだけこの迷宮は広くなっちまうから、やっぱりやめた。


 かばんがパークから出ていくらしい。

 いや、まだ確定じゃない。それもスナネコから聞いたことだ。適当で根拠もない。そうだ、それに船とやらが潰された今、どうやってここから出ていこうってんだ。

 アイツはパークに必要なんだ。

 それに、サーバルのヤツだって悲しむに決まってる。


「……ちっ、どうしてサーバルが出てくんだよ」


 オレは下駄を鳴らして踵を返す。あんまり強く音を鳴らすと、やっぱりここの広さがはっきりとしちまう。オレはなるべく遠くを見ないように、目線を下げて歩き出した。

 退屈まぎれに小型セルリアンのひとつでも蹴り飛ばしたい気分だったが、"フィルター"が貼り直されたせいか、しばらくヤツらが湧いてくる気配はない。

 ならせめて小石くらいはあってくれと、オレは地面をなぞるように視線をくべた。


「おっ?」


 するとどうだ。あったじゃないか。

 金にきらめく幸運のしるし。それを見つけると一日いい気分でいられる、オレにとってのラッキーアイテム。


「ジャパリコイン……か」


 それを拾い上げて、ふと後ろを振り返る。


『なにそれー?』


 いの一番に浮かんできたのは、あのいかにもバカって感じのアホ面とボケ声。

 その時、オレは「幸運のしるし」が「アホ思い出しアイテム」になってしまったことに気づき、あまりのやりきれなさに直径にしてじゃぱりまん相当もある大きなため息をついた。


「クソッ、こんなものっ、イラネェッ!!」


 オレはコインを放り、それを下駄の先で蹴り飛ばした。

 もうオレの前から消えてくれと、アイツが押さえてくれている門の、その外に向かって。


「……へぇっ?」


 キランキラーン。

 その音は門のこっち側で響いた。それどころじゃねぇ、今蹴り飛ばしたはずのコインが、オレの目の前でくるくると回ってやがる。


「ふっ、フザケンジャ、ネェゾッ! ウォラァッ!」


 オレはコインをもう一度蹴り飛ばす。するとまたコインが門の向こうから跳ね返ってくる。


「ナッ、なんなんだよォッイッタイッ!」


 オレは気味が悪くなって蹴るのをやめた。こういうときは観察が必要だとよくヒトは言っていた。まさに今がその時だった。何が起こっているのか理解できネェ。

 沈黙が続き、オレは恐る恐るコインを拾い上げにいく。

 その時だった。


「みゃみゃみゃみゃみゃーーーっ!!」


「ギィヤァァァァァアッ!!」


 何かがオレに飛びついてきた。ああ、それは捕食者の気配だ。間違いねぇ、オレのケモノの血がそう言っている。だから、


「たっ食べるナァァァオレは食ってもマズイゾォォッ!!」


「たべないよっ!!」


 カランカラン。こだまする二つの叫び声の中で、またアイツが文句を言った。

 門は閉じ、細切れになったヒトの音声が響き渡り、迷宮に火がともる。

 視界が明らかになり、オレはオレを食おうとしているソイツの顔を見た。

 いや、見ようとしたが、それはオレの鼻先すぐ近くにあったもんだから。


「ギャアァアアアアァァッ!?」


「うわあああああっ!?」


 オレはソイツを押し退けて、急いで壁の向こうに隠れる。

 そして半身だけ覗かせて、オレはようやくソイツの正体を確認した。


「サッ、サーバルッ!? ンダッテメェェッ、コラーッ! シュゥー!」


「いた! ツチノコ! って、もしかして遊んでくれてたのってツチノコ?」


「ダレがオマエと遊んでやったってんだヨッ!」


「えー、暗いところから何度も飛んでくるからそうなのかなーって!」


「だからって飛び込むヤツがあるカッ!」


「わたし、ひとつのものに目をこらすと、飛び込みたくなっちゃうんだよね!」


 クソッ、会話にならねぇ。オレはしっぽを強く地面に打ちつけて威嚇する。


「で、なんの用だよっ。ご丁寧にまたつっかえを外してくれやがってっ」


「はかせが呼んでるよっ。なんでも"こもん"ってのが必要なんだって!」


「こもん……顧問だぁ? 一体何の」


「わかんないけど、今ね、ジャパリバスをかいぞうして"ふね"をつくってるんだ! あっ、かばんちゃんには内緒だよ? ぜったいだよ!」


「ふね…………そうか、かばんは…………」


「どうしたの? 元気ないよっ」


 いつのまに距離を詰められたのか、そのバカ顔がにゅっと目の前まで伸びてくる。

 それがあまりに気の抜けた顔だったから、オレは飛び退くのも忘れて、カツカツと迷路の出口を目指して歩き始めていた。


「……かばんが出ていって、オマエはどうすんだよ」


「わたし? わたしは……さびしいなぁ」


「じゃあついてくか? なァんて、帰ってこれる保障はないからな、そんな無謀な旅に出るヤツが、」


「ついていきたいっ!」


 その時、俺はハッとしちまった。

 悔しかったんだ。オレにできないことを、ソイツは平気で口にしやがったから。


「オッ、おまえなぁ、そんなのついていっても足手まといに、」


「ならないよっ! もしなっちゃっても、かばんちゃんはそんなことで怒らないよっ」


「……ちっ。でもどうやって行くんだ、バスはひとつしかないだろ」


「それは……その……ツチノコっ!」


 瞬間、ソイツはパンっと両手を合わせて、オレのことを拝みながら、


「なんとかしてっ!」


 そう言って、そのデカイ目をパッチリと閉じて懇願した。

 そんなソイツを見て、オレはどうかしちまったんだ。

 あるいは、もうとっくに、どうかしてたのかもな。


「ま、まぁ、顧問として呼ばれたからには? 仕事してやらねぇこともねぇが?」


「やったー! ほんと!? さっすがツチノコ! じゃあじゃあ、ツチノコも連れてってあげるよ!」


「なっ」


 ……オレが、かばんと?

 ヒトに追いかけられるんじゃなくて、ヒトと一緒に、何かを追いかけることができるって?

 ここよりもっとデカイ世界を知って、オレの知能とピット器官がかばんの旅を支えて、新しい島ではジャパリコインで物々交換なんかして、それで。

 それで――。


「……いいや」


「えっ?」


「オレは行かない。ン面倒なんだヨッ! ……オマエなんかと一緒にいられるかっ」


「そんなー。……あ、わかった!」


 光が見える。出口はもうすぐそこまで近づいていて。


「ここで、ともだちを待ってるんでしょ!」


「…………ああ、そうかもな」


 熱砂から立ち昇る陽炎が、今日も飽きずにゆらゆらと揺らめいていた。

 そう、こんな陽の下にはいられない。オレは湿っぽくて、暗いところが好きだから。

 そして、それはアイツも。


「すぐ、帰ってくるからな」


「そんな、出てきたばっかりなのに帰んないでよー!」


「オマエじゃネェッ! ンノッ、ヤッカッマッシッコラーッ!!」


「わーっ! おこんないでよーっ!」


「オコッテネェッ! ……ったく、ほら、日が降りないウチにいくぞっ!」


 ツチノコって、一体どういうフレンズなんだろうな。

 気まぐれで、人見知りで……お節介なフレンズ?

 そしたら、もしかしたらオマエも、サーバルみたいなヤツだったのかもな。

 おっと、いけねぇ。

 それじゃあまるで、オレがサーバルに似てるって言ってるようなモンじゃねーか。

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みかくにん・かんじょう・どうぶつ 椙山浬 @kairi_7mic

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