第11話 憂鬱なことばかりじゃないさ

 午前中は余計な考えばかりが浮かんで、結局新規アポを取れなかった。


(あんまり自分を追い込むなよ、俺)


 そう自分に言い聞かせ、午後客先へと向かう。


 外出は好きだ。

 人と話すのは嫌いじゃない。

 営業トークだって、容姿だって悪くない。


 普通にやれば人並み以上の成果を出せる自信はある。だからこそ、日本一の営業部隊と名高い前職の会社で4年もやっていられたのだ。営業同期20人の間でも俺はトップ5に入るような実力だった。

 

 ただし、普通にやれればの話だけど。


 頑張り屋なのに飽き性で、真面目なのにメンタルが不安定で、嫌なことがあったときは何もかもを放り出したくなっちまう性格。これが駄目だった。自分でもわかっちゃいるんだけど、性格ばっかりはどうしようもない。

 3年目に、仲の良かった同期が辞めたことで、何かの線がぷつっと切れちまった。それからは会社に行けなくなり結局休職を取ることになった。半年後には業務に戻ったけれどやっぱり何でか、新卒のときみたいなやる気はどこかに消え失せていて……。


 一軒目の商談はよかった。明日から一週間かけて通常バナー枠で1万クリックほど流してくれることになった。

 1万クリックってのは、CTR(Click Through Rate)が仮に1%だとすると、100万impほど。単純計算で100万回、その広告バナーが表示されるってわけだ。そして、単価がCPC(Cost Per Click)10円出たとすると、10万円分の広告予算が消化される。たかが10万円って思うかもしれない。

 だけれど、メディアを運営している側からすれば、10万円って大きいよ。もしその期間他のネットワークを使っていたら、CPC15円出たかもしれない。そしたら、CPC10円しか出ないネットワークを使っていたメディアにとっては5万円の損失だ。個人事業者なら、ダイレクトに収入に影響する。


 二軒目は全然駄目だったね。広告大好きな人間が担当でさ。俺なんかよりも全然ネットワークに詳しいんだもん。変に知識をひけらかされただけで、とても相手にしてくれなかった。どの業界もそうかもしれないが、営業の人間より顧客のほうが知識を豊富に持っている場合がある。言うまでもなく勉強不足の営業が悪いんだが、そのときの惨めな気持ちったらないよ。

 それに俺、中途の転職組だし。一年やって、広告がそんなに好きではないことに気づいた。気づくのが遅かったかもしれない。

 もう俺は、20代も後半で、新しい世代の若者がどんどんと入ってくる。俺は何もかもが中途半端で、そんなことを考えだしたら、またいたたまれなくなって……。


 でもだいじょうぶ。世の中、憂鬱なことばかりじゃないさ。

 俺がそう思えたのは、春香はるかが元気の出る連絡をくれたから。


〈落ち込むな、元気出せ\(^o^)/〉


 ハハ……。それって「オワタ」の顔文字じゃね?

 昔からどこか抜けている春香の文章に、頬が少し緩む。春香とは学生のときからの付き合いだ。今はあいつも仕事を頑張りたいって言ってるから遠距離恋愛だけど、将来は結婚も考えている。だから俺が早く一人前にならないと。


(あいつ明日は休みだよな。帰ったら電話しよう)


 春香の声が聞きたい。


「九条雪哉、ただ今客先から戻りました!」


 その気持ち一心で俺は少し元気を取り戻し、オフィスへと戻ったのだった。

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