第23話

 美月ちゃんを連れて帰宅すると、琴子さんが転げるように走り出てきて

泣きながら美月ちゃんを抱きしめた。無理もない。それだけ心配していた

のだ。


「ママ、ごめんなさい……」


 美月ちゃんは自分の軽率な行動を反省したようで、素直に謝っている。


「美月ちゃん、これからはお母さんに黙って出掛けたらダメだよ。お母さん

だけじゃない、周囲の人みんなが心配するんだから」


『お兄さんらしく』優しく美月ちゃんを諭す。


「はい、本当にごめんなさい」

「よし、いい子だ!」


 俺はにっこり笑うと、美月ちゃんの頭を撫でた。

俺は「美月ちゃんの優しいお兄ちゃん」になれているだろうか?

美月ちゃんを抱きしめたまま泣いていた琴子さんも、やっと安心したようで

涙を拭きながら顔をあげた。


「佑樹さん、雅子さん、御迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。

 ほら、美月も皆さんに改めて謝りなさい」


 促され、美月ちゃんが俺と母さんにペコリと頭を下げる。


「佑にいちゃん、おばさま、心配させちゃって本当にごめんなさい!」

「いいのよ、美月ちゃん。でも、もう二度としないでね?」


 母さんは安心して気が緩んだのか、涙ぐんでいた。

きっと母さんも美雨の事件と重ねてしまい、辛かったのだろう。


「はい、もうぜったいにしません」


 素直なのは美月ちゃんのいいところだと思う。


「琴子さん、もうすぐ御主人は出張から帰ってこられるのでしょう?荷物は

まとめられた? 手伝えることがあったら手伝うわ」

「ありがとうございます、雅子さん。本当にいるもの以外は置いていきます

ので、なんとかなると思います。一度向こうに行って荷物の整理をして、

改めてこちらにご挨拶に伺いますね」

「こちらまで来ることはないわ。御主人に見つかってしまうかもしれない

もの。少し先の駅辺りで改めてお別れしましょう。私達もそこに行きます

から」

「本当に何から何まで……。ありがとうございます、本当にありがとう

ございます」


 琴子さんの目が再び潤んでいる。感謝の気持ちでいっぱいのようだ。

その隣にいる美月ちゃんも泣きそうな顔をしている。

別れが辛いのだろう……。辛いのは俺も同じだった。本当は離れたくない

のだから。美月ちゃんへの愛しさを心の奥底へ封じ込め、優しく笑う。


「今度でお別れだね、美月ちゃん。そのときプレゼントしたいものが

あるから楽しみにしてて」


『プレゼント』という言葉に反応したのか、美月ちゃんの目が少しだけ

輝いた。やっぱり女の子だな、誰かにプレゼントを貰うのは嬉しいらしい。

そんな姿が可愛いと思う。


 二人が自宅へ戻るのを見送ってから、俺と母さんも家に入った。


「おつかれ! 佑樹。疲れたでしょ?」


 母さんの顔はどこか誇らしげだ。


「ああ、もうヘトヘト。腹減ったから何か作ってくれない?」

「ハイハイ、ラーメンでいい?インスタントだけど」

「インスタントかよ」

「あら、愛情と感謝はてんこ盛りよ!」

「んじゃ、その『てんこ盛りラーメン』よろしく」

「かしこまりました~!」


 そう言うと母さんは豪快に笑った。やっぱり母たちは笑っていてくれた

ほうがいい。心からそう思う。きっと美月ちゃんも同じ気持だろう。




 美月ちゃんの行方不明事件が無事に解決して数日後、二人は一足先に

引越し先へと向かった。送った荷物を受け取り、整理するためだ。

 その数日後、美月ちゃんのお父さんが出張から戻ってきた。美月ちゃんと琴子さんが家におらず、二人分の荷物もなくなっていることに慌てたようで

隣家である我が家にも血相を変えてやってきたが、母はとぼけ顔で見事に

ごまかしていた。

 こういうところは上手いな。さすがは年の功というところか。

そんな母を不審気に睨みつつも、美月ちゃんのお父さんは退散した。


と、思ったのだが。


美月ちゃんのお父さんは俺達が何か知っていると思ったのだろう。

翌日またやってきたのだ。なんと俺のところに。

下校時の俺を待ちぶせしていたらしい……。


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