第21話

 がむしゃらに自転車を漕いで行き着いた場所は、俺の妹・美雨が眠る

墓地だった。

ここに美月ちゃんがいるという確証はどこにもない。

だが、美月ちゃんはここに来ていそうな気がしてならないのだ。

自転車を手早く停め、美雨の墓の方に向かって小走りで進む。


 どうかここに美月ちゃんがいますように……。


 祈るような気持ちで周囲を見渡しながら進んでいった。

美雨の墓が見えてくる辺りまで来ると、その視線の先に小さな人影を

発見した。

 いた……! そこにいたのは紛れも無い小さな美月ちゃんだった。

美雨の墓の前で手を合わせている。


「美月ちゃんっ!!」


 ここが静かな墓地だということも忘れ、俺は叫びながら彼女の

ところまで走った。

美月ちゃんが振り返り、俺の姿を確認すると最初は驚いたようだったが

やがて嬉しそうに微笑んだ。

はにかんで頬を赤らめる小さな少女は天使のように愛らしい。


 その愛らしさに俺はもうたまらない気持ちになり、美月ちゃんの

目の前に到着すると、彼女の体ごと胸の中にかき抱いた。おもいきり強く。


「美月ちゃん、無事でよかった!」


 美月ちゃんが小さな少女であることも忘れ、胸の中で包み込むように

抱きしめる。感じる暖かさは昨夜のものと変わらなかった。


 なんて心地良い暖かさなんだ……。

 よかった、美月ちゃんは生きているっ!!


「佑にいちゃん……く、くるしい……」


 夢中で美月ちゃんを抱きしめ続ける俺の腕の中から、彼女の

しぼり出すような小さな声が聞こえた。


「あっ、ごめん! 美月ちゃん、大丈夫?」


 美月ちゃんの声を聞いた途端、俺は我に返り、慌てて腕の力をゆるめ

彼女を胸の中から開放した。


「ん、だいじょうぶ。ビックリしたけど、お姫様みたいにぎゅ~ってされて、みづき、うれしいっ!!」


 そう言うと、美月ちゃんは満面の笑顔で笑った。

その笑顔がまた可愛らしくて、俺は再び彼女を胸の中に抱いた。

今度はそっと、砂糖菓子のような愛らしい少女を決して壊さないように。


「佑にいちゃん……?」


 不思議そうな彼女の声。普段の俺と違うと感じたのだろう。

そっと抱きしめ、彼女の体温を感じながら俺はもうダメだ、誤魔化せない

と感じていた。


 俺は美月ちゃんが誰より大切だ。

最初は『妹』だった。死んでしまった妹の変わりだったのだから。

しかし、美月ちゃんのことを、彼女の真実の姿を知れば知るほど俺は

彼女に惹かれていた。11歳も年下の女の子、しかも幼女に惹かれている

なんて簡単に認められるわけがない。だから俺はあれこれ言い訳して

いたんだ。

 だが彼女が美雨のように、この世からいなくなってしまうかもしれない

という恐怖感を感じたことによって、俺はハッキリと自覚した。


 俺は……美月ちゃんが好きだ!


 一度自覚してしまった思いはもう消せそうにない。

俺は胸の中に抱いていた美月ちゃんの体をそっと起こし、彼女の顔を見た。


「佑にいちゃん、どうしたの? だいじょうぶ?」


 美月ちゃんは俺を心配そうに見つめている。

その愛らしい姿に俺の心臓はきゅっと締め付けられるような気がした。

俺は地面に膝をつけ、美月ちゃんの両方の頬を手でそっと包んだ。

そのまま少しずつ顔を近づけていく。

このままキスしてしまおうか……。

 瞬間、美月ちゃんの無垢な瞳に俺の姿が写っているのに気づいた。

俺を心から信じている小さな少女の純粋な目。

それに対して俺の姿はなんとあさましいことか。


 俺は、何をしようとしているんだ。しかも、ここは美雨の墓の前

じゃないか! 自らを戒めるように、俺は彼女を包んでいた両手を

地面に叩きつけた。ガンっ!! という鈍い音が響き、一瞬地面は揺れた。

これじゃ、幼女を喰物にしている輩と同じじゃないか?

戻れっ! 美月ちゃんの『優しい佑にいちゃん』に。俺は地面を見ながら、

己と向き合った。


 俺は美月ちゃんが好きだ。

その思いはもうごまかせないだろう。しかし、その気持ちを彼女に

ぶつけたところで一体何になる?俺以外の大人たちは美月ちゃんを

守るために動いていた。しっかりとした現実的な方法で。

悔しいが、今の俺には美月ちゃんをそんなふうに守ってやることはできない。

高校生のガキでしかない俺には。今の俺に出来ることは、彼女の心の負担を

少しでも軽くしてやることぐらいだ。そう『優しい佑にいちゃん』として、だ。


 己の立場を認識したことで、心は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

俺はゆっくりと深呼吸する。冷たい冬の空気が熱くなってしまった

俺の体と心を冷やしてくれる。


 ……よし、もう大丈夫だ。


 俺はゆっくり顔をあげ、美月ちゃんを見た。

美月ちゃんは泣きそうな顔をしていた。




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