第20話
「佑樹さん、美月がいなくなったの。心当たりない?」
それは美月ちゃんと一緒に夜の散歩をした翌朝のことだった。
琴子さんが泣きそうな顔で俺のところに駆け込んできたのだ。
「美月ちゃんがいないって。一体どういうことですか!?」
「わからないの。今日は土曜日で幼稚園もお休みだから、美月は
ゆっくり寝させてあげて、その間に私は引っ越しの準備をしていたの。
気づいたら美月が布団からいなくなっていて。近場で思いつくところは
探してみたけど、どこにもいないのよ……」
美月ちゃんがどこにもいない。妹の美雨もそうだった。姿が見えないと
思って皆で探したら、美雨はもう二度と帰ってはこなかった。
美雨と美月ちゃんの姿が重なって浮かび、俺は目眩がしそうだった。
しかし、今は気分を悪くしている場合ではない。
「俺は自転車を使って、もう少し広範囲を探してみます。
琴子さんは母さんと一緒にここで待機しつつ、友達の家とか
美月ちゃんが行きそうなところに電話してみてください!」
気の毒なほど狼狽している琴子さんを母さんに頼み、俺は自転車で
走りだした。まずは美月ちゃんが一緒に遊んだ公園や動物園など、
二人で遊んだ場所を重点的に探してみる。
しかし。美月ちゃんはどこにもいなかった。
時間が経過すればするほど、美月ちゃんが美雨と同じ運命を辿るような
気がして俺はいてもたってもいられない。
いやだ、美月ちゃんがこの世からいなくなるなんて。
俺は、あの子を失いたくない……!
引っ越してしまうだけなら、いつかまた会うことができる。
しかし美雨のように天国に逝ってしまえば、もう二度と会えないことは
嫌というほど思い知らされている。
そんなのは嫌だっ!!
俺はがむしゃらに自転車を漕ぎ、手当たり次第に小さな女の子を見なかったか
どうか聞いて回った。返ってくるのは「知らないねぇ」という答えばかり。
「知らない」という言葉が重ねるたびに俺の鼓動が早くなる。
息も切れ切れになりながら、近くの駅で美月ちゃんの特徴を伝えたら
駅員がそれらしい女の子が一人でバスに乗り込んだのを見たという。
バス? バスに乗って美月ちゃんはどこに行こうというのだろう?
駅員が見たという女の子が美月ちゃんであるという確証はどこにもないが
俺は藁にもすがる思いだった。
落ち着け、俺! 美月ちゃんがバスに乗って行きそうなところを思い出して
みるんだ。
俺はピタリと体を止め、目を瞑ると深呼吸した。
冬の冷たい空気が肺の中に入り込み、汗ばんだ俺の体と心を冷やしてくれた。
懸命に心を落ち着けながら考えていると、一つだけ思いつく場所があった。
ひょっとしたら美月ちゃんはあそこに……。
ただの勘でしかなかったが、なぜか「そうに違いない」という感覚があった。
行ってみよう!
俺は駅員に簡単な御礼を伝えると、自転車に飛び乗り走りだした。
この辺りのバスは本数が多くない。だったらバスを待つより自転車で走った
ほうが早い。
必死にペタルを漕ぎながら、ジャケットのポケットから携帯電話を取り出し
素早く家に電話する。母さんに美月ちゃんらしい子を見たという情報を伝えるためだ。
琴子さんはきっと不安でたまらないだろう。
かつての俺たちがそうだったように。
「あ、母さん!?
美月ちゃんらしい子がバスに乗ったっていう情報があったから
俺はそっちのほうに行ってみる。また連絡するから!」
母さんの返事を聞く間もなく、俺は電話を切ってポケットにしまい
ペダルを漕ぐ足に力を入れる。
美月ちゃん、どうか無事でいてくれ!
俺は君が、君が……。
思い出すのは、昨夜背中に感じた彼女の暖かさ。
小さな子なのに、誰より優しい女の子。
あの暖かさにもう一度と触れたい!
俺はわずかな望みにかけながら必死に自転車を漕いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます