第15話
俺は美月ちゃんが通う幼稚園の門前に到着した。
幼稚園というのは、関係のないものにとっては何やら別世界だ。
小さくて無垢な子供たちが無邪気に遊んでいる。
そしてそれを暖かく見守る母と保育士たち。
安全で守られた世界であると同時に関係ないものは拒んでいるように思う。
(昨今の事件の多さを思えば仕方ないことなのだろうが)
しかし、いかに園内に入りづらくとも俺は美月ちゃんを迎えに行かなくては
いけない。
すぅ~っと深呼吸すると、その勢いのまま俺は門を開け、中へと入っていった。
辺りにいる母親たちの視線が痛い。
何? この学生服の子は?
まさか怪しいヤツじゃないでしょうね?
そんな感情がひしひしと伝わってくる。
いや、俺、怪しいもんじゃないです、お迎えに来ただけなんです。
と言いたいが、それではかえって不自然だ。
足早に職員室らしきところに行くと、中にいる職員に声を掛ける。
「すみませ~ん、安藤美月ちゃんのお迎えに来たんですが」
「ああ、美月ちゃんのイトコさんね。事情は美月ちゃんのお母様から
聞いています」
俺は美月ちゃんのイトコという設定か。
しばらく待つと、先生らしき人に連れられ、美月ちゃんがやってきた。
可愛らしい幼稚園の制服がよく似合っている。
そういう姿を見ると否応なく妹・美雨のことが思い出される。
「佑にいちゃんがお迎えに来てくれたのね。みづき、嬉しいっ!」
美月ちゃんの無邪気な声に救われる気がする。
美月ちゃんと一緒に先生に御礼を言うと、そのまま帰ろうとしたのだが。
「ねぇ、佑にいちゃん。ちょっとだけ、ここで遊んで?」
遠慮がちではあるものの、甘えた声でお願いされると俺はどうにも弱い。
「じゃあ、ちょっとだけね」
「じゃあ、佑にいちゃん。『お姫様抱っこ』してっ!」
「こ、ここで?」
先程よりも刺々しさはなくなったものの、相変わらず他の母親たちの
視線が気になる。
そんな状況なのに。ここで『お姫様抱っこ』だって?
「少しだけ。少しだけでいいから。お願いっ! 佑にいちゃん!」
俺の顔色を伺いつつ、懸命にお願いしてくる美月ちゃん。
こうなると俺にはもう断れない。
俺を鞄を肩に掛け直すと、美月ちゃんをそっと抱き上げた。
「うふふ、うれしいっ! ねぇ、そのまま少しだけ歩いて」
「ハイハイ、仰せのままに。お姫様」
ちゃんの家来と化した俺。
俺たちの様子をちらちらと伺っていた他の母親たちの視線は柔らかいものとなり
代わりに失笑が加わっているような気がするのは気のせいではないだろう。
俺は園内をぐるりと一周し、元の場所に戻ると美月ちゃんを下ろした。
やれやれ、これでやっと帰れる。
そう思い、溜め息を漏らした俺の背中をとんとんと突付くヤツがいる。
振り向くと、美月ちゃんと同じ幼稚園の子と思われる女の子だ。
よく見れば、ずらりと後ろに女の子が並んでいる。
なんか嫌な予感がするんですけど?
「あたしたちにも、ミヅキちゃんと同じことしてっ!」
期待に満ち、キラキラとした目で俺を見る園児たち。
俺にコレをはねのけられると思うか?
かくて、俺はその後も延々と園児たちを『お姫様抱っこ』して
園内を歩き廻ることとなった。
ああ、腰が、腰が痛い。
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