第13話

 その頃、俺と沢田は仲が良いというより、ケンカばかりしている間柄だった。

当時から沢田は男子女子共に人気が高かったので、そんな奴を少しだけ

妬んでいた気持ちもあったかもしれない。

俺にとっては『なんかムカツク奴』だったのだ。

ケンカばかりしていた沢田がなぜ俺を迎えに来たのか?

俺にはわからなかった。


「そうね、外はとってもお天気がいいから、少し外に出てみたら?

気分転換になるかも」


 と、はんば強制的に外に放り出されてしまったので、やむなく沢田の後に従った。

クラスの他のヤツは俺のことを気にしつつも誰も俺に近寄ってはこなかった。

何を話していいのかわからない、というのもあったのかもしれない。

しかし、沢田は何も考えていないのか、普段通りに接してくる。


「この樹の下が気持ちいいから、ここで絵を描こうぜ」


 俺は無言で樹の下にどかんと座った。

そんな俺の態度を沢田は気にすることもなく、隣に座ってスケッチを始めた。

絵を描くこと好きだった。絵画コンクールで賞を貰ったこともある。

だが、その日は絵を描けそうになかった。

真っ白い画用紙を見ても、何か描こうという気になれない。

何にも……出てこないんだ。

真面目にスケッチしている沢田を横目に俺はただぼんやりと空を眺めていた。



「高村、一緒に帰ろうぜ!」


 下校時、またしても沢田は俺に話し掛けてきた。

どうしてコイツは普段と変わらないのだろう?

なんとなくイラッとした俺は沢田を無視するかのように先に下駄箱へ向かった。

沢田は俺の後についてくる。

一人でノロノロ歩いている俺の後を黙って沢田はついてくるのだ。

 俺は沢田を振り切ろうと歩く足を早めた。

いつもと違う道に入ってしまったが、沢田を振り切るためだ、仕方ない。

足早に歩いていた俺だったが、ある場所でピタリと足と体が止まってしまった。

 そこは美雨が、妹が落ちた用水路だったのだ。

すぐ側には誰かが置いていったのか、小さな花瓶と花が供えられている。

 その場で凍りついてしまったかのように俺は動けなかった。

頭に浮かんでくるのは美雨の笑顔、そして泣き顔。

体がガクガクと震え始めているのに気が付いたが、俺にはどうすることも

できなかった。

 すると、向かいの道から小さな女の子を連れた親娘らしい二人組が

こちらにやってきた。手には小さな花束を持っている。

二人は妹が落ちた用水路で足を止めると、そっと花束を置き、二人で静かに

手を合わせた。

見も知らぬ二人の親娘は美雨のため祈っているのだ。美雨の安らかな眠りを願って。


 いつのまにか凍りついていた俺の体は動けるようになっていた。

動けるようになると同時に俺の目から涙がこぼれ始めた。

 それまで俺は心のどこかで妹は、美雨は死んではおらず

そのうちひょっこりと戻ってくると思っていたのだ。

病院に入院でもしていて、そのうち元気になって戻ってくるのだと。


 美雨のため祈る親娘の姿は、美雨はもう天国へ逝ってしまったのだと

俺に伝えているかのようだった。

こぼれ始めた涙は止まらず、嗚咽混じりに俺は泣いた。

思えば、美雨が死んでから初めてまともに泣いたのだ。


 美雨は、無邪気で甘ったれの可愛い妹の美雨はもう、

 この世にいないんだ。


 どれだけ美雨が戻ってくることを願おうと、もう二度と叶わない願い。

それが悲しくて、辛すぎて俺はその場で泣き続けた。


ふと背中に誰かの手が触れた。

振り向くと、そこにいたのは沢田だった。

沢田を見ても、俺の涙は止まらなかった。涙を止めようとさえ思えなかった。

沢田は黙って俺の背中をさすっていた。ずっと何も言わず。

それが沢田の優しさなのだと感じ、俺は涙が枯れ果てるまでその場で

泣き続けたのだった。




 それから俺たち家族は長い時間をかけて少しずつ生きていく力を

取り戻していった。

美雨が天国へ逝ってしまったという悲しい記憶は生涯消えることはないが

それでも生きていかなくてはいけない、俺たちは。

幼くして死んでしまった美雨のためにも。

毎日泣いてばかりいた母さんも少しずつではあるが、前を向き始めていた。

時折悲しげな顔で空を眺めているが、それは母さんの深い悲しみを思えば

仕方ないことだ。


 元気を取り戻しつつあった俺たち家族の横に引っ越してきたのが美月ちゃんと

その家族たちだった。

天国へ逝ってしまった妹の美雨とさほど変わらない年齡の美月ちゃん。

名前の中に入っている『美』という字まで同じだった。

 母さんは美月ちゃんに美雨の面影を重ねているのか、彼女を可愛がるように

なった。

それはしてはいけないことなのかもしれないが、そのことを俺も父さんも

責めることはできなかった。 

だって、俺も同じだったから。

俺もまた、美月ちゃんの中に美雨を求めていたのだから。

美月ちゃんを通して、俺は美雨に詫び続けていたのだ。 

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