第12話

あの時の光景は今も目に焼き付いて離れない。

美雨と思われる遺体が見つかった、と警察から連絡があり

両親と俺は病院へ向かった。


「美雨は生きている、きっと無事だ」

と願い続けていた父さんと母さん、そして俺。


しかし、病院の遺体安置室で見たものは。

名前を何度呼んでも、もう二度と応えない美雨の小さな亡骸だった。


 母は何度も美雨の名を呼ぶ、体を揺さぶり、そして半狂乱になって泣いた。

父は美雨の手を握って手を優しくさすりながら、静かに泣いていた。

いつもとは明らかに違う両親の様子。

その光景を俺はただぼんやりと眺めていた。

どうにも信じられなかったのだ。


嘘だ……こんなのは嘘だ。

妹が、あの美雨が死ぬわけない。

これは妹が俺にちょっとした仕返しをしてやろうと企んだことなんだ。

そうだ、そうに違いない。

だって、人間が簡単に死ぬわけないもの。

俺はふらふらと美雨の側により、妹に話し掛けた。


「美雨、にいちゃんだぞ。帰ったら遊んでやるって言っただろ?

起きろよ、起きろ、美雨。起きろってば!!」


 いつもなら美雨の無邪気な声が返ってくるのに。

嬉しそうに俺の側によってくるのに。


何度呼んでも美雨は、二度と起き上がってはこなかった。




 いくつかの目撃情報を元に出した警察の見解はこうだった。

俺が家を出た後、美雨は俺の携帯ゲーム機を持って俺の後を追った。

そして、あちこちを彷徨っているうちに近くの用水路付近で足を滑らせたか、

落としたゲーム機を拾おうとしたはずみで用水路に落ちたのではないか?

ということだった。

普段なら、用水路に落ちても水浸しになる程度だ。

しかし、あの日は台風が去った後で水かさは増し、そして水流も強かった。

美雨の小さな体はあっという間に流されていった……と、目撃した男性は

話していたらしい。

その目撃情報を元に警察が必死に捜索したところ、用水路の水が流れ着く

川から美雨の小さな亡骸は発見されたそうだ。


 携帯ゲーム機をお兄ちゃんに届けようとしたのでしょうか……。

 美雨ちゃんはお兄ちゃんが大好きだったのでしょうね。


警察が話した最後の言葉が今も耳に残っている。

美雨は、携帯ゲーム機を持っていけば、俺が一緒に遊んでくれると

思ったのだろうか?

仲間に入れてもらえると思ったのか?

そんなことしなくても、帰ったら一緒に遊んでやるつもりだったのに。

俺があの日、美雨をおいて外に遊びに行かなければ。

美雨は俺とまだ遊びたがっていたのに。

どうして俺は。


美雨が死んだのは……俺のせいだ!


 父さんはお前せいじゃないから自分を責めるな、と言ってくれたが

俺はその思いを消すことはできなかった。


 それからのことは正直よく覚えていない。

母は美雨を失ったショックで精神的なバランスを崩した。

あれだけ可愛がっていた美雨が突然いなくなったのだ。無理もない。

少し目を離すと自らの命を絶とうとするので、父は仕事を休み

母の側を離れないようにした。

 俺は家にいても居場所がないので、学校になんとか行くのだが

美雨と年齡が変わらないぐらいの小さな女の子を見ると

気分が悪くなって吐いてしまうので、学校側はやむおえず

俺を保健室登校させた。

 毎日、毎日暗い海の中に沈んでいるかのような世界。

ただぼんやりと一日を過ごしていたことしか記憶にない。


 保健室に登校するようになって、どのくらい経った頃だったろうか。

ある日、クラスメートの一人である沢田が俺を迎えに来た。


「高村、次の授業は外でスケッチだぞ。

 俺と一緒にやらないか?

 お前、絵は結構得意だっただろ?」

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