第11話

 美雨。俺の妹。

6歳年下の女の子だった。

明るくて、そのくせ甘ったれで。

俺に遊んでほしくて甘えてくる姿は可愛らしかった。


 しかし、年齡が6歳も違うとなると遊ぶことも全く違うので

大きくなるにつれて俺は妹と遊ぶのが苦痛になってきた。

イイ年して『お人形さんごっこ』なんて馬鹿馬鹿しくてやってられない。

ちょっと冷たい態度をとると美雨はすぐ泣いた。

そして母さんに怒られるのは、いつも俺。

別に俺が泣かしたわけじゃないのに。

 俺は妹が、鬱陶しかった。

親に反抗してばかりの俺と違って、まだ幼くて愛らしいゆえに

父さんと母さんに溺愛されていたのも気に食わなかった。

「おにいちゃん、おにいちゃん」

と可愛い声で俺を呼ぶ姿さえ俺には疎ましかったのだ。


 やがて俺は美雨とできるだけ接触しないようにした。

学校から帰れば、玄関先でランドセルを放り込み

友達の家や公園に走る。

家では自分の部屋に閉じこもり、美雨とできるだけ顔を合わせないようにした。

美雨は俺の部屋に入りたがったが、

「勉強してるからダメ!」

と言って、ほとんど入れなかった。

『勉強』と言えば大概の親はうるさく言ってこないことを当時の俺は知っていたから。

やがて美雨は俺に声をかけてこなくなった。

あきらめたのかもしれない。

だが、いつも何か訴えたげな悲しい目で俺を見ていた。

そんな哀しげな目線さえ、俺は無視していたのだ。



 あれは6年前の夏の日だった。

大きな台風が去り、待ちわびていた太陽が明るい光を存分に差し込み

実に気持ちの良い快晴となった。


 暴風警報が発令されていた間、自宅にいることを余儀なくされていた俺は

やむなく妹と久しぶりに遊んでやっていた。

といっても、ゲームを一緒をしていただけだったが。

そんなことに飽き飽きしていた俺は、明るい陽の中に遊びに行きたくて

ウズウズした。


「母さん! 俺、外に遊びにいってくるから。

もう外に出てもいいんだろ?」

「注意報が解除されてだいぶ経つし、もういいとは思うけど。

水かさが増してるから川べりとかは絶対に行っちゃダメよ。

あら?でも、美雨は?一緒に遊んでたんじゃなかったの?」

「美雨は一人でゲームしてるよ。さすがに美雨はダメだろ?

危ないところは絶対に行かないから、少しだけ外に行きたいんだ!」

「3日も家に閉じこもっていたものね。

仕方ないわね、安全なところだけで遊んでちょうだい。いいわね?」


 俺は手早く返事をしながら玄関へと急いだ。


「おにいちゃん……」


 後ろから美雨の小さな声が聞こえた。


「おにいちゃん、美雨もいっしょに行っちゃだめ?

おとなしくしてるから。わがままいわないから。だから、ダメ……?」


 振り返って美雨の顔を見れば、美雨は泣きそうだった。

そんな顔をされれば、さすがに俺も気はとがめたが、だからといって

風の強さが残った外に幼い妹を連れて行く気にはならなかった。

だって、何があるかわからないじゃないか。


「ダメだよ。台風がいったばかりで危ないものとかあるかもしれないから。

母さんも美雨はまだダメって言ってたぞ」

「でも美雨、おにいちゃんといっしょにいたいよ」


 美雨の声は震えている。

俺は美雨の泣き顔を見たいように、顔を背けながら外へと走り出した。


「じゃあな! 帰ってきたらまた一緒にゲームしてやるからな!」


 気持ちの良い青空の下に出れば、俺は妹のことなど綺麗に忘れ

友達と公園で遊んだ。

まだいろんなところに水が溜まっていて、それを互いに掛けあったり

飛び込んだり。びしょ濡れになったけど楽しかった。

 楽しい時間を過ごした俺は遅くならないうちに家に帰った。

泣いていた妹と遊んでやろうと思ったのだ。


 しかし。美雨は家にはいなかった。

どこにもいなかった。


「私は家の周りのことを片付けていたんだけど、美雨はその間

一人でお利口にDVDのアニメを見ていたのよ。

だから大丈夫だと思っていたのに。

佑樹、美雨をどこかで見なかった?

きっとアンタのことを追っていったのよ」


俺の肩を掴む母さんの力は強く、少し痛かった。


「し、しらないよ。友達と公園で遊んでいただけだし……」

「そんな……どうしよう。

母さん、美雨を探しに行ってくるから佑樹は家で待ってて!」


 エプロンをつけたまま髪を振り乱し、外へ飛び出していった母さん。

そんな母を見て、俺は呆然としていたがやがて事の重大さに気づき始めていた。

小さな女の子が一人で外に行き、暗くなっても戻ってこない。

これに慌てない親などいない。


「美雨、どこにいったんだ?

にいちゃんが、にいちゃんが遊んでやるから出てこいよ!」


 俺は必死に家中を探し回った。

どこにもいない。可愛い美雨は。

俺は泣きそうになりながら、美雨の名を呼び続けた。


 夜になっても美雨は見つからず、帰宅した父と警察を交えて

本格的な捜索が始まった。

 自宅で待機して連絡を待つよう警察に言われた母さんは俺を抱きしめていた。

母さんはカタカタ震えている。そんな母に俺は黙って抱かれていた。


「大丈夫よ、美雨はきっと無事よ。大丈夫……」


 自らに言い聞かせているのか、俺を慰めているのか。

俺にはわからなかった。



 必死の捜索が虚しい結果となったのは翌朝のことだった。

美雨は……甘ったれの可愛い妹、美雨は

遺体となって発見されたのだ。


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