第10話

「はぁ? 幼稚園児と婚約ぅ!? 」

「沢田、声大きい!」


 ここは学校から帰宅途中のファーストフード店。

俺の目の前で奇声を発したのは、小学生の頃から付き合いのある沢田拓也。

沢田は朗らかな性格で人当たりが良く、目鼻立ちが整った顔をしているせいか

小学生時代からモテていた。

中学生の頃には年上から年下まで幅広く女の子と付き合っていたようだ。

俺と同じ高校に通うようになった今は以前より落ち着いているものの

相手には不自由していない、と豪語するほどだ。

俺とはエラい違いの男だが、そういったことを鼻にかけたりしないヤツ

だから気楽だし、何より俺とはウマが合うようで、昔も今も同じように

友達の一人として付き合いがある。

俺の突拍子も無い相談に対しても笑ったりしない、いいヤツなのだ。 

昔からモテている『モテ男』のコイツなら、女の子のことはよく知っていると思い

悩みながらも思い切って相談してみたのだが。


「ああ、悪い。ちょっと驚いちまって。

なんだよ、何をどうしたら高校男児と幼稚園児が婚約、なんて事態になるんだよ。

実はお前、いいところの御曹司だったとか?」

「そんなわけないだろ!

なんていうか……お隣の女の子となりゆきでそうなってしまったっていうか。

なんとなく断りきれなくてなぁ……」

「断り切れないって。いや、そこはなんとか断るべきだろ? 

お前が真性のロリコンじゃないならな?」

「そうなんだけどな……」


 俺が美月ちゃんとのことを強引に振り切ることができない理由。

それが俺は沢田と話すうちになんとなく気がつき始めていた。

 俺は沢田に美月ちゃんとの経緯、そして最近の美月ちゃんの様子などを話した。

美月ちゃんは最近どことなく不安定な気がするからだ。

急にはしゃいだかと思うと、いきなり怒り出したり、泣いたり。

それが子供というものだ、と言われればそれまでだが、なんとなくだが

それだけではないような気もするのだ。


「さすがの俺も、幼稚園児のことはわからんけど。

あくまで俺らと近い年代のオンナたち、として見るなら

なんとなくわかるような気もする」

「それって何だよ? 教えてくれ、沢田 」


 沢田は自分の分のコーラをゆっくり飲み干すと、一呼吸してから話し始めた。


「たぶんな、不安なんだよ」

「不安? 不安って何が不安なんだよ」


「オンナってのはさ、恋をすると些細なことで不安になるらしいんだ。

それは付き合っててもそうだよ。

そんなこと気にするほうがおかしいだろ?ってことまで勝手に気にして

勝手に不安になるんだ。で、急に怒ったり、泣いたりする。

なんつうのかな。情緒不安定っていえばいいのかな?

自分に対して確かな自信があるヤツは違うけど、そんなオンナ

そう多くはないだろ? 

その美月って子のことは知らんけど、その子もたぶんお前とのことが

心配で心配でたまらなくて、そして不安になってしまうんだろうな」

「……」


 沢田に説明されたことは俺にもなんとなく理解できた。

そして納得した。

美月ちゃんはまだ幼いけれど、妙に大人びたところもある。

だから、逆に心配で仕方ないのかもしれない。


「しかしなぁ。女とまともに付き合ったことがないお前が、

いきなり婚約、しかも相手は幼稚園児とはねぇ。

ハハッ、悪いけど、ちょっと笑えてくるな」


 沢田は笑いが零れそうな口元を抑えこむようにハンバーガーにかぶりついた。


「笑うなよ、沢田。情けないことを承知の上でお前に相談してるんだからよ」

「その子、可愛いのか?」

「ん? ああ、可愛い子だよ。目がくりっとしてるし」

「だったらいっそ本気でその子との将来を考えたらどうだ?」

「……どういう意味だよ」


 沢田は口に入れたハンバーガーを飲み込むと、実に愉快そうな顔で話し始めた。


「その子の側にいるようにして、お前の理想通りの女になるよう

『教育』するんだよ。

『源氏物語』の光源氏だっけ? 同じようなことしてただろ?

そうすりゃ、お前だけを一途に愛するようにすることだって出来るだろうし。

一つの実験として試してみる価値はあるかもしれんぞ?

「そんないい加減なこと、できるわけないだろ!」

「いいじゃないか、試してみれば。小さいうちはお前の『妹』として、

成長したら『恋人』ってわけだ。面白いだろ?」

「そんなことできねぇよ!!」


 俺は両手でテーブルを思い切り叩いていた。

バンと鈍い音がし、衝撃で俺のコーラが倒れる。

賑やかだった周囲は一瞬静まり返り、何事かと俺達を見ていた。


そんなことできるわけない、いや、しちゃいけない。

美月ちゃんが……いや、美雨が可哀想だ。


「わりぃ。ちょっとふざけすぎたな。

 お前の昔のこと、忘れてたわ。すまん!」


 沢田は俺が急に怒り出したことに驚いたようだが、

やがて少し悪ふざけしすぎたようだ、気がついてくれたらしい。

沢田は立ち上がり、周囲の人に軽く頭を下げた。

すみません、驚かせて。でも、何でもないですよ、と周りの客たちに伝えるためだ。

こういうところ、コイツはよく気が利く。だから、女にモテるんだろうな。

そして、沢田は小走りで店員のところまで行くと、テーブルを拭くために

ペーパーやタオルを持って戻ってきた。

俺も一緒にテーブルの上を片付ける。

片付け終わると、沢田はイスに座り、改めて俺に向き合った。


「あれからもう何年だっけ? 俺にとってはもう昔のことだけど

 お前にとっては今も忘れられないことだよな。

 そんなことにも気がつかなくて悪かったな」

「いや、いいんだ。俺も怒りすぎだよな。

 こちらこそ悪かったな、沢田」


 沢田に悪意がないことは俺にもわかっていた。

気の効くコイツのことだから、俺を笑わせようとしていたのかもしれない。


「お前の妹の美雨ちゃん……可愛らしい子だったよな。

その美月ちゃんだっけ? その子と同じぐらいの頃じゃないか?

天国に行ってしまったのは」

「そうだな。だいたい同じぐらいだと思う」


そう。俺には妹がいる。いや、いたのだ。

妹の美雨は6年前に事故で、死んだしまったのだから。



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