第6話

 そう健気に答える美月ちゃんの顔は本当に嬉しそうだ。

イヤイヤこの場にいる俺はその顔を見ると、なんだか少し罪悪感を

感じてうつむいた。

 美月ちゃんは心底喜んでいるんだな。

俺、ホントにこんなことしていいのか……?


「さぁさぁ、写真だけじゃなくて、折角だから『誓い』を立てましょうよ!」


 悶々とした俺の思いを吹き飛ばすような、母さんの声。

誓い……?

すると、母は立ち上がり床の間の小さな引き出しから

上質そうな用紙とペンと朱肉を出した。


「ここに二人の名前をそれぞれ書いてちょうだいね」


 用紙を見ると、そこにはこう記してあった。


『 今から十年後、私たちは結婚することを誓います 』


 おいおい、婚約だけじゃなかったのかよっ!

け、結婚って。いくら何でもやりすぎだろっ!

俺は慌てて母さんの体を小突いて、耳元に小さな声で抗議した。

すると、母も俺の耳元でささやく。


「婚約式なんだから、将来を誓わなきゃおかしいでしょ? 

美月ちゃんを安心させてあげるためよ。

ちょっとしたお遊びだと思って、付き合ってあげなさい!」

 美月ちゃんのためかよ……。息子の気持ちはどうでもいいのか?

母親を恋しがる年齡でもないが、息子のことはどうでもいいと

思っているかのような発言にはムカつく。

いっそこの場を出て行ってやろうかと思ったが、不安そうに俺を見つめる

美月ちゃんの姿を見てしまっては、そうもいかなかった。

 母に促され、俺はしぶしぶペンを取り、名前を書いた。


『高村 佑樹』 


 そして朱肉に親指を押し付け、その横に押す。拇印だ。

続いて、美月ちゃんも母親の琴子さんと一緒に用紙に名前を書く。


『あんどう みづき』


 まだ漢字を書けないから平仮名だ。続けて拇印を押す。


「さぁ、これで二人の署名・捺印も終わったことだし

婚約は成立したと考えていいわね。

美月ちゃん、おめでとう!」


 母さんの台詞の中には俺の名前は入ってない。

全く、俺のことはどう思っているんだか。


「さぁ、最後にもう一度写真を撮っておきましょう」

「うふふ、本当にお似合いの二人ね♪」


 無邪気に喜ぶ琴子さん。

うかれまくっているかのようなこの二人。

 俺はこの二人の大人に完全に振り回されているらしい。

それがわかっているのに、抗議できない自分が恨めしい。

 これで俺は本当に幼稚園児と婚約してしまったことになる。

(公にしているわけではないので、あくまで内輪だけだが)

 あぁ。これから俺はどうしていったらいいんだ?

美月ちゃんにもどう接していったらいいんだろう?

 一人悩む俺の側に美月ちゃんが寄り添ってきた。

驚いて見てみれば、俺にしだれかかるように寄り添っている。

それは大人の女性のようで。幼稚園児とは思えない。


「うれしいな。これで佑にいちゃんはみづきの

『こんやくしゃ』なんだね。

みづき、これからがんばっていいお嫁さんになるねっ!」


 いや、頑張らなくていいよ。

そう言いたかったが、美月ちゃんの幸せそうな笑顔を見ると

何も言えない俺だった。

 幼女に甘い俺にも原因があるのかもしれないなぁ……。

 そう思い、俺はそっとため息をもらした。

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