第5話

 その週の土曜日。

俺は学校が休みだというのに、学校の制服を着ている、

いや、着せられている。そして家で唯一の和室で待っている。

 誰かって?

お隣の幼稚園児・美月ちゃんだ。

美月ちゃんとの婚約式のために、母さんにここで待つよう言われたのだ。

 まったく、なんでこんなことになったのか……

釈然としない気持ちを抱えたまま、畳の上で寝そべっていると

母さんが和室に戻ってきた。

後ろには、美月ちゃんと母親の琴子さんがいる。


「佑樹、待たせたね。アンタ、なんて格好しているの。

もっとシャンとしてっ!」


 言われてしぶしぶ体を起こし、その場に正座した。

ふと目をやれば、美月ちゃんはフリルが沢山ついた白いワンピースを着ている。

まるでウェディングドレスのようだ。

照れくさそうに俯き加減で佇む美月ちゃんは、小さいけれど可憐な

花嫁のようにも見える。


「佑樹、上座のほうに座りなさい。

さぁ、美月ちゃん。佑樹の隣に座って」


 促されて、俺はのっそりと上座へ進み、改めて正座した。

続いて美月ちゃんが俺の横に座る。

隣を見れば、美月ちゃんは恥ずかしげに顔を赤らめているが、

とても嬉しそうだ。この場を心底喜んでいるのが伝わってくる。


 「まぁまぁ、まるで雛飾りのお内裏様とお雛様みたいじゃないの!

  ねぇ、琴子さん。お似合いの二人よね」


 母さんが脳天気な声をあげる。

お内裏様とお雛様にしては片方が小さすぎるような気が

するんですがね。


「美月、本当に嬉しそう……。

あの子のあんな嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだわ……」


 見れば、琴子さんは涙ぐんでいるようだ。

嬉しそうな顔を見るのが久しぶり?

いや、俺と一緒にいるときは、いつもとても嬉しそうだけど……?

少し不思議に思ったので、琴子さんに聞いてみたくなった。

しかし、彼女もまた嬉しそうに、俺と美月ちゃんが並んだ姿を

デジカメで撮っているのでその場で質問できそうになかった。


「佑にいちゃん……」


 隣から美月ちゃんの声。その声に応じて顔をそちらに向けると、

俺はドキリとした。

美月ちゃんの俺を見る目……艶めいた瞳。

それは少女というより『女』の目だった。

幸せをゆっくりとかみしめているかのような、穏やかな微笑み。

姿はどう見ても幼女なのに、感じる雰囲気が『女』なのだ。

白い清楚なワンピースを着ているせいか、雰囲気も普段より大人っぽい。

 今日の美月ちゃん、なんだかいつもと違う……。

そう感じた途端、俺の胸が急にドクンドクンと音を立て始めた。

 ん?なんだこれ?まさか俺、幼女相手にときめいているのか?

自然と顔が赤らんでくるのを感じ、俺は慌てた。

 だって、相手は幼女だぞ? 俺はロリコンじゃない。

美月ちゃんは……俺の『妹』だ。

血縁関係は全く無いけれど、俺にとっては可愛い妹なのだ。

『妹』ということを意識すると、俺の心臓の音はピタリと止まり、平常に戻った。

 そう、これでいいんだ……。

俺は美月ちゃんを『妹』として大切にしてあげなくてはいけないのだから。

『妹』は……大切にすべき存在なのだ。

 一人自分の心と葛藤していた俺だったが、平常心に戻ると

改めて美月ちゃんを見、小さく声をかけた。


「美月ちゃん、俺の母親が勝手なことをしてごめんね。

ずっと正座して疲れない? 足、崩してもいいんだよ?」

「ありがとう、佑にいちゃん。でも、だいじょうぶ。

わたし、とっても嬉しい。だからがんばるの!」

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