第4話

「こ、こんやくぅぅ~!?」


 翌日俺が学校から帰宅し、小腹が減ったので何かないかと冷蔵庫を

あさくっていたときのこと。

母さんがこともなげに言ったのだ。


「お帰り、佑樹。そうそう、アンタとお隣の美月ちゃん、

『婚約』することになったから」

「あ、そう『婚約』ね。……って、ちょっと待て!

『婚約』って何だよっ!?」


俺は驚嘆して、冷蔵庫から出したばかりのコーラ缶を足の上に落としてしまい

驚くやら痛いやらでわけがわからない。


「何もそんなに驚くことないじゃない。

『婚約』と言っても、ちょっとした形式だけよ。

美月ちゃんを喜ばせてあげたいの。

美月ちゃん、アンタのこと、王子様か何かに思ってるみたいだし。

私から見ると、じみ~な高校生なんだけどねぇ。

まぁ、あのぐらいの女の子って年上の男の子に妙に憧れたりするしね。

そんなわけで、いいわね」


 何がいいというのか。


「美月ちゃんママの琴子さんも大賛成でね。

以前からアンタのこと褒めて、大層気に入ってくれてたみたいだし。

何より『美月が喜ぶわ!』って嬉しそうだったしね」

「ちょ、ちょっと待て……」

「何よ、何か文句でもあるの?」

「おおありだよっ!

なんだよ、『婚約することになったから~』って。

まるでどこかに旅行に行くみたいな気軽な言い方は。

大体、俺の意志はどうなるんだよっ!」

「な~に、ムキになってるの?

だから『ちょっとした形式だけ』って言ってるでしょ。

二人で並んで座って、簡単な書類みたいなものにサインして、写真撮るだけよ」

「『形式だけ』つってもマズイだろうっ!

高校生と幼稚園児なんだぞ!世間はどう捉えると思うんだよ?

そもそも俺は美月ちゃんのこと、そんなふうに思ったことは一度もないぞ!」

「でも、アンタ、美月ちゃんに告白されて

『大切な子だよ』って応えたんでしょ?」


 途端、昨夜の美月ちゃんに押し倒されたような形で告白されたことを思い出した。

幼女とは思えない真剣な眼差しの美月ちゃんを。

顔が熱くなってくるのを感じた。


「み、見てたのかよっ!?」


 声が裏返っていたが、母さんはそんなこと気にもしていないようだ。


「や~ね、覗くわけないでしょ。美月ちゃんから聞いたのよ。

『みづきと佑にいちゃんは両思いなんだよっ!』って。

美月ちゃん、とってもいい顔してたわ。

あの笑顔を何とか続かせてあげたいね、って琴子さんとも相談して

じゃあ、『ウチの息子と婚約でもさせてあげたらどうかしら?』って

話になったのよ。

美月ちゃんね、今、幼稚園に行きたくないらしくて毎日元気がないの。

だから少しでも喜ぶことをさせてあげたいわけ。

アンタも少し協力しなさい、いいわね!」

「いいわけないだろうっ!」


 俺は慌てて母の言葉を制した。

冗談じゃない、高校男児が幼稚園児と婚約なんてことになったら。

学校の奴らに知られたら死ぬほど笑われるし、女子たちには

ロリコン扱いされてしまう。

ただでさえ、モテないのに。


「そう、お母さんの頼みを聞いてくれないのね……」


 そう言うなり、俺をじっと見つめる母の目から涙がポロリと

こぼれ落ちた。

 どうせ嘘泣きだ。それはわかってる。そうなんだが。

俺は母さんの泣き顔にはとことん弱い。

以前は泣いてばかりいた母がやっと泣かなくなったのだ。

少しでも泣き始めると昔に逆戻りしてしまいそうで、俺は慌ててしまう。

母をそれを知っていて、ここぞというときに使う『作戦』なのだ。

それはわかっている。

 母さんの目からどんどん涙が溢れてくる。

その顔を見ていると、どうにも落ち着かない。


「わ、わかったよっ!

『おままごと』の続きか何かだと思っておけばいいんだろう?

その代わり、周囲の人間には絶対にバラすなよ」


途端、母は涙を拭きながらニッコリと笑った。


「さすがは私の息子。優しい子ね。母さん嬉しいわ。

じゃあ、近いうちに『婚約式』をあげるからそのつもりでね」


母の作戦にまんまとやられてしまった。

何でこうんなるんだ……。


 こうして俺は何の因果か、

『幼稚園児と婚約する高校生』になってしまったのである。

 この先、俺は一体どうなるんだ……。

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