第3話

 現在幼稚園児の美月ちゃんが隣に引っ越してきたのは

およそ4年ほど前のことだった。当時、俺は中学生。

 外資系の証券会社に勤める父親と品の良さそうな母親、そして一人娘。

父親は仕事が忙しいらしく、家を空けがちで、あまり顔を見たことがない。

たまに顔を合わせることあっても、俺の挨拶を軽くスルーしてくれるので

正直あまりいい印象はない。

 母親のほうは、近くに誰も知る者がいない地域に越してきたようで

隣である俺の母を何かと頼るようになり、いつしか年代は違うのに

すっかり打ち解けていた。

二人でよく長話をしているので、一人になった美月ちゃんは自然と

俺が面倒をみるようになった。

『俺なりの事情』もあり、小さい女の子には努めて優しく接してやろうと思い

よく一緒に遊んであげた。

一緒に公園に行ったり、お人形さんごっこに付き合ったり、子供向けDVDを一緒に見てやったり。

それなりに楽しいこともあるが、所詮は幼女のお守り。

時折面倒になることもあったが、小さな美月ちゃんは俺を『佑兄ちゃん』と呼んで

よくなつき、俺の顔を見ると嬉しそうに飛びついてくるので悪い気はしなかった。


 遊び疲れると床の上で寝てしまうことがあり

(幼児ってのは突然寝てしまうらしい)

そのままにしておくわけにはいかないので、俺のベットに運んで

寝させてやったりもした。

 そんなわけで、実の妹でもないのに、すっかり美月ちゃんの

『良いお兄ちゃん』となった俺だった。


 そんなある日のこと。俺は自室で学校の宿題のレポートをまとめていた。

美月ちゃんは遊び疲れてお昼寝中だ。

ところが、俺のベットですやすや寝ていた美月ちゃんがぐずぐずと泣き出した。

悪い夢でも見ているらしい。

以前にも何度かこういうことがあり、初めてのときはどうしていいのかわからなくて

慌てて母のところに飛んでいって報告し、どうすればいいのか相談した。

 母曰く、幼児というのは眠りから覚める前後で見る夢に驚いてうなされたり

いきなり目覚めたことで、ちょっとしたパニックになったりするらしい。

だからそんなときは、そっと抱きしめるように体を支え、背中をさすって

やったりしてスキンシップをとりながら、大丈夫だよ、と声をかけてやれば

自然と落ち着く、とのこと。

 母に言われた通りの方法で対応すると、美月ちゃんは落ち着くことがわかったので

俺はその日も同じように対応した。

 そっと抱きしめて、背中をさすり 


「大丈夫だよ。怖いものなんて何もないから。俺がついてるよ 」


 と声をかけた。

これで落ち着いたのだ。それまでは。

 しかし、その日は美月ちゃんはそれだけでは落ち着かず、俺に勢いよく

抱きついてきたのだ。

予想していなかった美月ちゃんの行動に俺は体のバランスを失い、

ベットに倒れたような格好となった。

そこに突然の『愛の告白』があったのだ。


 正直、青天の霹靂と言ってもいいぐらいの出来事だったが

落ち着いて考えてみれば、あれは美月ちゃんが寝惚けていたのかもしれない。

うん、きっとそうだ。

昼寝から覚めた直後だったのだから、悪い夢でも見てうなされ、

寝惚けてしまったのだ。

そうだ、そうに違いない。

 明日からどうやって美月ちゃんに接していいのか悩んでいたが

『寝惚けていた』という結論に達してから、俺の気持ちはすっきり

落ち着いていた。

明日になれば美月ちゃんはきっと今日のことは忘れているだろう。

だって寝惚けていたのだから。


 そう思いながら、残った宿題を片付けて、晴れやかな気持ちで

ベットに入り、眠った。

明日になれば全て解決している、とそう信じて。


 しかし、その解釈はとても甘いものであったことを

翌日になって俺は思い知らされるのである。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る