第16話「少年とようじょ」

 翌日、ルカはまだ目覚めていなかった。

 お昼過ぎころにクリスティアーノの使いの者が現れて、今回の出兵に対する報奨金として3ゴード20シーバを執事のファンテに渡していった。

 クリスティアーノからの質問なのだろうか、使いの者はルカのことや僕たちの事を根掘り葉掘り聞き、天気のいい庭でバーベキューをしていた僕らに頭を下げると、足早に立ち去っていった。


「半日の行軍で3ゴードかぁ。貴族ってホントにお金持ちなんだなぁ」


 1ゴード金貨は日本のお金に換算すると約50万円に相当する。

 命がけであるとはいえ、下級の貴族である僕の取り分が、半日の軍事行動で150万円と言うのは破格であるように僕には思えた。


「今回はクリスティアーノ閣下のご厚意により、先行して数多くのノールを討ち果たした勲功と、初陣の祝い金を含めた報奨金だそうでございます。アマミオ様」


 金庫にこのまましまっても良いかを確認しに来たファンテが、僕の言葉を聞いてそう説明する。

 詳しい内訳まではわからないし、それはあるじに向かって聞いて良いようなことではないと、ファンテは貴族社会の常識も教えてくれた。


「お祝い金……かぁ」


「ほんで? 他の騎士ナイトたちはどのくらいもらっとるんや?」


「詳しくは存じ上げませんが、シーバ銀貨10枚から多くて30枚ほどかと」


「なんや、あっくん10倍以上もろとるやんか。お祝い金が多いんか、勝手に突っ込んだあっくんの戦功を高く評価しとるんか、どっちにしても微妙なとこやな」


「10倍かぁ……ほんと、勝手に突っ込んじゃって、本当なら処罰を受けてもいいくらいなのに……いいのかなぁ」


 ちょっとクリスティアーノに借りを作り過ぎの気もするし、他の騎士たちとの待遇の差も表沙汰になったら面倒な気がして、僕らは複雑な顔をした。

 それを見たファンテが珍しく「やれやれ」と言うような表情で口を開く。


「差し出がましい事ですが……アマミオ様のご活躍により、当初は予定されていなかった魔宝珠まほうじゅが大量に鹵獲ろかくされました。それは取りも直さずクリスティアーノ閣下の財産となります。それは今回の殲滅戦の規模から算定しますと、少なく見積もっても40ゴードは下らないでしょう。以上のことから、わたくしはアマミオ様への御下賜ごかしについて4ゴード前後が妥当であると愚考いたします。……アマミオ様は、ご自分のご活躍を過小評価し過ぎなのではありませんか?」


「お、おう。せやな」


「う、うん……ごめん」


 報告や返答以外の言葉をあまり話すことのないファンテが、いつになく饒舌に話すのを聞いて、僕もチコラも毒気を抜かれたように短く返事を返した。

 そんな僕らを見返したファンテが「口が過ぎました」と一歩下がったその時、家の中から「どさっ」と言う何か重いものが落ちたような音が響いた。


「うわ、なに?」


「なんや?」


 おもわず僕はりんちゃんを抱っこする。日本の焼肉用の肉と比べるとかなり堅い網焼きの肉を口いっぱいに頬張ったりんちゃんは、特に物音を気にする様子もなく、鼻息荒く口をもぐもぐさせていた。

 素早くファンテが物音の確認へ向かう。クリスティアーノの持つ小アルカナの兵士の一人であるファンテなら、もし賊が襲ってきたとしても心配ないだろうけど念のため、僕はチコラに「お願い、一緒に見てきて」と彼への同行を促す。


 チコラが「おう! まかしとき!」と部屋の中へ消え、「あっくん! こっちや」と僕を呼びに戻るまでわずか数秒。

 どうやらあの音の発信源はルカを寝かせていた部屋らしい。

 僕はりんちゃんを抱っこしたまま部屋へ向かった。


「この館のご主人で、貴方の生命を救って下さったアクナレート卿です。ご挨拶なさい」


 たぶんベッドから落ちたんだろう。床に這いつくばっていたルカをファンテが抱き起こしてベッドに座らせながら僕を指し示す。

 両手両足に大怪我を負っているルカはベッドの上でも上手く座っていられないようだったので、僕はファンテにヘッドボードに背中を付けて座らせてあげるようにお願いした。


 痛みをこらえながら、なんとか落ち着いて座ることが出来たルカは、キョロキョロと周りを見渡す。

 あの時はすでに意識が朦朧もうろうとしていた様子だったから、多分現状が理解できていないのだろうと判断して、僕は現状を説明することにした。

 ルカの村がノールの集団に襲われたこと。

 クリスティアーノの軍がそれを追い、殲滅させたこと。

 老人以外の村人の半数以上は生命が助かったこと。

 ルカがノールたちに生きたまま半分食べられていたこと。


「……それで、大怪我をしていたから僕の家に連れてきたんだ」


 そこまで話して、僕は言葉をなくす。

 ここから先はどう言えばいいんだ?

 正直にルカのお父さんとお母さんは怪我が酷いのを見て捨てて行ったなんて言えるわけ無い。

 だからと言って両親は見つからなかったとか死んじゃったとか嘘をついてもすぐにバレるだろうし。


「あの、貴族さま。ぼくの……この手と足は治りますか?」


「え? あ、うん。リハビリに……あ、えっと、訓練に時間はかかるだろうけど、杖を使って歩けるくらいには回復するって。手も自分の身の周りの事をするくらいには動くようになるみたいだよ」


「……あっくん、こいつが言ってるのはそう言うことやない」


 チコラが真面目な顔で話を遮る。

 両手両足をだらんと下げ、ベッドにただ座っていることしか出来ないルカの前までふわりと飛んだチコラは、目の端でりんちゃんを見ると小さくため息をついた。


「ルカっちゅうたな。お前の手足は荷運びや農作業をできるようになることはもうあらへん。自分の足で立って自分でご飯を食べられるようになるまでだって、1年くらいかかるんやで。せやからお前はもう、お前の親のところへは帰られへんのや。わかるか?」


「チコラ!」


「あっくんは黙っとき」


 蒼白な顔でチコラを見つめていたルカは、一つ、ゆっくりと頷いた。

 それを確認して、チコラは話を続ける。


「ルカ、お前は運がええ。ノールに生きたまま食われて死んでしまいそうな所をあっく……アクナレート卿に生命を救われて、本当なら貴族にしか使ってもらえん治癒魔法ヒール回復薬ポーションで、千切れかけてた手足もくっついた。親に捨てられたお前をこの物好きな貴族様は養ってくれるとさえ言うとる。お前は何もせんでもええんや。全て貴族様が面倒を見てくれる。……ほんま運のええやっちゃで。でもな……それは全て『お前がそれを望むのなら』や」


 チコラはルカが自分の言葉を理解できているか確認するように一呼吸置く。

 なにしろルカはまだ5~6歳だ。日本で言えば未就学児だ。

 表面的な意味は分かっていたとしても、チコラの話していることの意味を本当に理解しているのかは微妙に思えた。


 でも、ルカは血の気の失せた顔で真っ直ぐにチコラを見つめている。

 その目はちゃんと話の意味を理解できている様に見えた。


「どや、お前は本当にそれを望むんか?」


「いいえ」


 チコラの問にルカは即答する。

 いいえだって?

 それはつまり、僕に養われるのなんか御免だと言うことだろうか?

 誰かが養わなきゃルカは死ぬしか無い。それは確実だ。

 でも本来養ってくれるはずの両親は、ルカの怪我を見て「諦めます」と去ってしまった。

 ってことは、もう死にたいってこと?

 両手両足に障害を負ってしまった現状では、これからの生活が大変なのは分かる。日本と違ってこの世界がそういう人に甘くないのも分かる。それでも、死を選ぶなんて僕には信じられない。

 ルカの親もそうだけど、この世界の人は安易に死を選択しすぎだ。


「だから貴族さま!」


 ぐるぐると、頭の中で反論が渦巻いていた僕に、ルカは声をかけた。


「……え? あ、うん? なにかな? かな?」


「ぼくは、体が治るまでは役立たずです。でも、一生懸命体を治して、歩けるようになったら手紙を運びます。それから、読み書きと計算を覚えます。手足が弱くても仕事ができるようになります。そうしたら、それまでに貴族さまに頂いたご恩を一生かけて返します。だから、ぼくをやとってください!」


 驚いた。

 正直に言うと、僕はこの世界の子供を侮っていたんだと思う。

 真っ直ぐ僕を見るルカの瞳に、僕は呼吸が止まってしまいそうなくらいの力を感じた。


「……ええやんか、あっくん。ちょうどあれや、ほれ、あの、りんちゃんに同じくらいの歳の友達も必要やて言うとったやんか」


「え? そんなこと――あ? あぁ! そうだね。うん、ちょうどいいね!」


「そう言うこっちゃ。ルカ、とにかく一刻も早く体を治すんやな。お前の回復が1日遅れれば、それだけあっくんに返す恩も大きくなるんや、あんじょうせなあかんで」


 明らかにホッとした表情でチコラは笑った。もちろんルカも負けず劣らずホッとした表情を見せる。

 その顔は、先程までの大人びた表情とは違い、歳相応の幼さを感じさせてくれた。


「あっくん、どうしたの? 痛い?」


 ずっと抱っこしていたりんちゃんが、僕の顔を見上げて頬をなでてくれる。

 りんちゃんの顔に、僕の両目から大きな涙の粒が2つ、落ちていくのが見えた。


「あ、ごめん。ちがうよ。嬉しいだけ」


 りんちゃんを床に下ろして、僕は涙を拭く。

 ちょっと心配そうにしていたけど、僕が大丈夫そうだと分かると、りんちゃんはルカのとなりにぴょんと飛び乗った。


「こんにちは! 雨宮りんです! じゃなかった! リン・アマミオです! 4歳です!」


「はい、リン様。ぼくはルカです。6歳です。最初はおしゃべりのお相手くらいしか出来ませんけど、えっと、よろしくお願いします」


 りんちゃんがきちんとご挨拶出来たのを見て、僕らは笑顔になる。

 僕らが笑顔になったのを見て、また、りんちゃんも笑顔になる。


「うん、ルカくん一緒にあそぼうね!」


 テンションの上がったりんちゃんは、ルカの手をとって握手する。

 そのあまりの自然な流れに、僕らは止めることも出来なかった。


「ぎゃ!」


「ぎゃ?」


 マンガのような悲鳴。

 ルカはベッドの上で悶絶し、りんちゃんは何がなんだか分からないまま、両手を引っ込めた姿勢で硬直していた。


「ご……ごめんなさい貴族さま……ベッドを汚してしまって……」


 ベッドの上で、包帯に滲んだ血をなんとか布団から離そうと体を動かすルカを、僕は無言で抱き上げた。

 しっかりしてるのはいいけど、ここまで来るとちょっと嫌だ。子供がこんな気の使い方をして良い訳ない。


 ヘッドボードに大きな枕を並べて、その真っ白なリネンの上に問答無用でルカを寄りかからせる。

 包帯の血が枕にも滲んだけど、それを気にするルカに「じっとして」と少し強く言って、今度は固まったままのりんちゃんをだっこした。


「りんちゃん。ルカはね、怪我をしてるんだ。ルカとは友だちになったんだから、優しくしてね」


「……ルカくん、痛い?」


「大丈夫です。リン様」


 無理をしてるのが丸分かりの笑顔でそう応えるルカ。

 りんちゃんはしゅんとして「ごめんね」と謝っていた。


 よし。これはこれでいい。


「ルカ、キミを雇うにあたって言っておくことがあるんだ。これから言うことは……命令だと思ってくれていい。この言いつけを守れないなら、僕はキミを雇えない」


「はい。なんでも言いつけてください」


 僕はきちんと謝れたりんちゃんの頭をなでて、ベッドに座らせてから立ち上がる。

 黒いローブの裾をバサリと広げると一つ咳払いをして、ルカを睨むように見つめた。


「りんちゃん。ルカに僕たちの名前を教えてあげて」


「あっくん! チコラちゃん! ファンテおじちゃん!」


 りんちゃんは僕たちを指差しながら次々と名前を呼ぶ。


「うん、ありがとう。……ルカ、分かったかい? ファンテは仕事を教えてもらうようになったらそういう訳にも行かないだろうけど、とにかく家の中では僕たちをりんちゃんと同じように呼ぶように」


「え? でも……」


「呼べないなら僕はキミを雇えない。それだけのことだよ」


 まるで罠でもあるのではないかと疑っているように、ルカは頭を巡らせる。

 自分から言い出した『雇い主』の命令だし、そうしなきゃ雇わないと断言されているんだ。言わなければいけないと分かっていて、それでもどうしても言い出せずにいるルカの横に、りんちゃんがそっと寄り添った。


「ルカくん。あのね、あっくんだよ」


 頬をくっつけるようにして僕の方へ顔を向け、りんちゃんは優しくそう告げる。

 ルカは意を決したように小さく呟いた。


「……あっくん」


 僕は頷く。

 「チコラちゃん」「ファンテおじさん」、そして「りんちゃん」の名前を呼ぶまで、ルカとりんちゃんは同じことを繰り返した。


 何か大きな仕事でも成し遂げたかのように、ルカは頬を上気させて「はぁ」と溜息をつき、僕はそれを見てもう一度頷いた。


「そしてもう一つ。これからは生命を……自分のも他の人の生命も軽く見るような考え方をやめること。僕にとって人の命はシーツや枕が汚れることなんかとは比べ物にならないほど尊い……大切なんだ。それを一番大事に考えていない態度や言葉は凄く不快……えっと嫌なんだ」


「はい……ごめんなさい」


「ルカはもう僕が雇った僕の家の人間で、りんちゃんの友達で、そしてね、まだ子供なんだから、もっと僕たちを頼りなさい。頼ってもらえないと、大人として僕たちが悲しいんだ。僕たちのためだよ。わかった?」


「はい」


「うん。それでいい。じゃあ今日はメイドさんに体を拭いてもらって、包帯も変えて、消化のいい食べ物を食べたらもう寝なさい」


 ルカをベッドに寝かせると、布団をかける。

 りんちゃんを引き連れて、僕らは彼の部屋を後にした。


「まぁ丸く収まって何よりやな」


「うん。あとは、ルカの面倒を見る為に住み込みで働いてくれる人を探さないとね。出来れば治癒魔法が使える人がいいんだけど、そんな人がこんな仕事引き受けてくれるとも思えないしなぁ」


「……ワイはちょっと心当たりあるで。治癒魔法が使えて、子供が好きで、ワイらも信用して任せられるやつや」


「え? そんな人居たっけ?」


 僕が首をひねっていると、チコラは「おるて。りんちゃんも分かっとるで」と楽しそうに笑う。

 りんちゃんも「うん、やさしいの!」とにっこり笑った。


 あぁ! なるほど。うってつけの人が居た。


「「「でいけやの人!」」」


 顔を見合わせた3人の声が重なる。

 僕は次の日、冒険者ギルドとクリスティアーノ子爵に向けて、一通ずつ手紙を送った。

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