第17話「家族とようじょ」
初夏の昼下がり、使用人に手紙を頼んでからまだ2時間ほどしか経っていないのに、ファンテがルーチェさんの来訪を告げた。
かくれんぼをしていたはずのりんちゃんが「ルーチェちゃん?!」と木の影から顔を出す。
「お! りんちゃんめっけ!」
チコラがすかさず声を上げ、見る見るうちに不機嫌になったりんちゃんは無言で僕の足元まで歩いて来て、ぎゅっとしがみついた。
ファンテにルーチェさんをここに通すようにお願いして、日陰のソファに横になっていたルカの所に集まった僕らは、ルカの体を起こしてルーチェさんを待った。
ほどなくして現れたルーチェさんは、見慣れた冒険者スタイルではなく、如何にもといった雰囲気の神官服に身を包んでいる。
長い髪の毛は一本の長い飾り紐で三つ編み風に纏められ、どことなく気品すら感じさせた。
ウォーハンマーに鎧姿も凛々しくていいけど、やっぱり女の子はこういう格好のほうが素敵だと僕は思う。
「アクナレートさん、……お久しぶりです」
「あ、うん。急に呼び出しちゃってごめんね。……まぁ座って」
ちょっと伏し目がちに、頬をうっすらと紅く染めて挨拶するルーチェさんに椅子を勧め、僕はりんちゃんを抱っこして向かい側の椅子に腰を下ろした。
……どうも僕らが『伝説のイル・モンド・デル・ファータから来た英雄』だと勘違いしたあの日から、ルーチェさんの態度がおかしい。
いや、正確にはあの後、僕たちが英雄だということを口外しないようにお願いした辺りからだろうか?
言い出しにくい雰囲気だなぁと口ごもっている僕の膝の上で、もぞもぞと動き出したりんちゃんがぴょんと地面に降りてルーチェさんの元へと駆け寄ると、手を握って「おかいり! ルーチェちゃん!」と微笑んだ。
ルーチェさんもつられてニッコリと笑う。
そのまま抱っこされて彼女の膝の上に落ち着いたりんちゃんを見て、僕は口を開くことが出来た。
「ルーチェさん。今日はお願いがあって手紙を出したんだ」
「はい」
「そのお願いの前に、彼を紹介しておくね。僕の新しい家族で、一緒に暮らすことになったルカ」
ソファの上に体を起こしたルカが「よろしくおねがいします」と頭を下げる。
両手両足に巻かれた包帯を見たルーチェさんは一瞬なにか言いたそうな顔でこちらを見たけど、それでもニッコリと笑ってルカと丁寧に挨拶を交わした。
「それでね、ルーチェさんにお願いっていうのは、僕らと一緒にこの家に住んで、子どもたちの面倒を見て欲しいってことなんだ」
「ルーチェちゃんも一緒?! やったぁ!」
ルーチェさんの膝の上で両手を高く上げて喜ぶりんちゃん。
その後ろで、ルーチェさんは「ぼふん」と言う効果音が付きそうなほど顔を真赤にして、口をパクパクさせていた。
「……ダメかな?」
「い、いえ! ダメとかじゃなくて! むしろ嬉しいって言うか! いえ、でも、あの、物事には順番があるじゃないですか! 急に一緒に暮らすなんて!」
「あぁ、うん。話を急ぎすぎたかな。こういうことは早いほうが良いと思ったんだけど、ルーチェさんの気持ちも大事だよね。ごめん」
「いえ、あの、私の気持ち的には全然良いんですけど! アクナレートさんは貴族で、私は神官とはいえ平民ですし! 身分の差が……」
「うん? 僕なんか貴族って言っても名前だけだし、そもそも身分なんか関係ないと思うけど」
「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……」
その後も真っ赤な顔で小さく「でも……そうかぁ、2人の子持ちに……」「うん、でも後何人かは姉弟も……」などとつぶやいているルーチェさんを見て、今まで黙っていたチコラが頭を抱えて溜息をつく。
「なぁルーチェ。お前神官と冒険者の掛け持ちしてるんやったな? ほんで、単刀直入に聞くけど給料ってどのくらい貰っとるんや?」
「チコラ! 失礼でしょ!」
「何が失礼や。お前らのコントにいつまでも付き合ってられるかい」
「コントじゃないよ」
「コント以外の何モノでもないやないか! わざとやっとるんやなかったら、あっくん、お前の天然もたいがいやぞ!」
「わざとって何を?」
「……これやからなぁ」
頭を抱えるチコラと、りんちゃんを抱きしめたまま何故か妄想に浸っているルーチェさんを見渡して、僕は途方に暮れる事になった。
◇ ◇ ◇ ◇
「はい。……問題ありません」
「よっしゃ決まりやな」
「じゃあ、よろしくお願いします。ルーチェさん」
契約は案外簡単に決まった。
ルーチェさんは冒険者としての神聖魔法を取得する為に神官の職についているだけで、聖職者としての仕事も給金も全く発生していない。
つまり、冒険者ギルドの仕事以外に彼女を拘束している仕事は全く無いのだ。
一応神官なので、今の住まいは
ルーチェさんの部屋はルカの部屋と僕らの部屋の間にある空き部屋をファンテに整えてもらうことにして、ルーチェさんには明日から一緒に住んでもらうことで話は決まった。
「必要なモノがあったらファンテに言っておいてくれれば明日までに用意してもらうから。遠慮無く言ってね」
「……はい」
ちょっとルーチェさんのテンションが低いのが気になる。
さっきまでみたいな妙なハイテンションも困るけど、どんよりされるともっと困る。
やっぱり女性の気持ちはよくわからないなぁ。
たぶん、何か契約に不備があったのかもしれない。まぁそれは追々話し合って、ルーチェさんが納得できる様に決めればいいだろう。
「ルーチェちゃんも一緒にごはん食べる?!」
「ううん、りんちゃん。私は使用人として雇われたの、だからご主人様とは一緒に食事はしないの」
「やだー、いっしょがいい!」
「そうだよルーチェさん。そもそも僕は使用人だなんて思ってないし。もう僕らは家族なんだから、今日から毎日一緒の食卓だよ」
「え? でも、ルカくんの食事のお世話もありますし」
「その辺りは使用人に任せて構わないよ。さっきも言ったように、ルーチェさんとルカには専属の使用人を付けるから。だから、ルーチェさんには出来る限りの
「……わかりました。それで先程の給金に見合う働きができるかどうかは自信がありませんが、力は尽くします」
「……あのね、ルーチェさん――」
ちょっと主従関係みたいな口調になったルーチェさんを僕はたしなめる。
自慢じゃないが僕に友達は居ない。
りんちゃんやチコラは別として、トリスターノ、ルーチェさん、オルコの3人は、初めて出来た僕の友だちだ。
その関係が崩れるのは、僕には耐えられない。
「僕はルーチェさんのこと、本当に家族になってくれたら良いと思ってるし、それでなくても友達だと思ってるんだ。お願いだから事務的な口調にならないで、今まで通り接してほしいな。それから、僕のことは『アクナレートさん』じゃなくて『あっくん』って呼んで欲しいんだ。それが僕の名前だから」
そうだ。僕の名前は『あっくん』なんだ。
りんちゃんがつけてくれた、僕の名前。
だから友達や家族には、出来る限りあっくんと呼んで欲しい。
真っ直ぐにルーチェさんの目を見つめて、僕はそう告げた。
ルーチェさんは「……ぅふぅ」と変な声を上げると、また顔を赤らめる。
「……わ、わかりました。あ……あっくん。あの、じゃあ私のこともルーチェと呼んでください」
「うん、わかった。よろしく、……ルーチェ」
心の底からニッコリ笑って、僕は満足して振り返った。
「……チコラさん。私はあっくんの気持ちがわかりません」
「すまんな。あいつは今りんちゃんとルカのことしか考えてへんねや。……まず家族になって、そこから気持ち、少しずつ伝えたってや」
かくれんぼの続きをするために、りんちゃんと手を繋いで庭へ向かう僕には、背中で交わされていたルーチェとチコラの会話は全然聞こえなかった。
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