第15話「戦車とようじょ」

 まず目に入ったのは、サーフボードくらいの大きさの鋼鉄の板。

 地上1mほどの高さを水平に移動するそれは、芝を切りそろえる芝刈り機のように、ノールの胴を容易たやすく刈り取っていった。


 その後ろをもう一枚、同じ大きさ、同じ形の鉄の板がスーッと移動する。

 その2枚の鋼鉄の板は、大きなプロペラのように、彫刻のごとくたくましい男を中心にして渦を巻いていた。


 荒れ狂う颶風ぐふう

 それはあっと言う間に、僕らの周囲にノールの居ない空間を創りだした。

 僕の刈り取った魔宝珠まほうじゅに倍する黒い塊が地面に落ちる。

 ゴロゴロとした黒い塊で埋め尽くされた地面に、強くなり始めた雨が容赦なく降り注いでいた。


「アクナレート殿、まずはその重症の子供を連れて聖杯サントグラールの部隊まで戻ると良い。ここの草刈りは自分がやっておく」


 両手に自分の身長よりも大きな、鉄板のような剣を構えた赤い鎧の男は、日に焼けた肌の中に驚くほど白く見える歯を輝かせて優しく笑った。

 大アルカナの将軍ジェネラーレが一人、戦車チャリオットのヘット・アルマータ。

 クリスティアーノの能力チートで呼び出すことのできる22枚の大アルカナの一人。


 戸惑って立ち尽くす僕に、彼はもう一度「子供をお願いする」と言い残すと、僕らに向かって一斉に放たれた矢を無造作に弾き飛ばし、構えをとった。


「我こそは千年王国ミレナリオの重臣が一人クリスティアーノ子爵の直臣、戦車チャリオットのヘット・アルマータである! 主命を受け、貴殿らを討伐に参った! 名誉ある死を望むものは前に出よ!」


 別にノールが「名誉ある死」を望んだわけではないと思うけど、まるでその言葉に反応したみたいに槍衾やりぶすまを築いて突進してきた5頭のそれを、ヘットは右手に持った方の板のような剣のみで一撫でに切り飛ばす。

 反対の剣で同時に飛んできた石礫いしつぶてや矢を防ぐと、彼はずいっと一歩、歩みを進めた。


「ここに名誉を求めるものは居ないと理解する。それでは、主命に従い、これより……殲滅を行う」


 自分の言葉がノールに伝わっていないことは分かっているのだろうけど、ヘットは一応宣言だけして、作業的に板のような剣を振り回し始める。

 数十個の水風船を一斉に地面に投げつけたような音が何度も響き、ノールは刷毛で塗りつぶされたように、黒い魔宝珠へと姿を変えていった。


 その音に我に返った僕は最初にノールにかじられていた子供の所へ駆け戻る。

 子供の両手両足は一部大きくえぐられたように無くなっていた。


「助け……たす……け……」


「遅くなってごめん。大丈夫、すごい神官がたくさん居るから、すぐに回復してもらえるよ」


 うわ言のように助けてと繰り返す子供抱え上げながら、僕はなるべく安心させられるような笑顔を向ける。

 まだ丘の向こうから姿を表さないクリスティアーノの部隊に向かって、僕は走った。

 全員を一度に助けられると、自分の武器を過信していた。

 その無駄にした時間が、この子の傷を悪化させたのは間違いないんだ。

 2度続けて判断を誤ることは出来ない。

 背後に未だ捉えられている村の人達の悲鳴と助けを呼ぶ声が聴こえたけど、ぼくはそれを振り切るように、とにかく今はこの重症の子供を聖杯サントグラールの部隊の元へと送り届けることを優先することにした。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「……僕は優先順位を間違えたのかな……クリスティアーノ」


「お前が間違えたのは優先順位ではない。間違いがあるとすれば、戦いと言うものを良く知っている有能な指揮官であり、お前のあるじでもあるこの私の指示を無視し、感情に任せて独断専行を行ったことだ」


 叩きつけるような雨の中で、戦いはすでに殲滅戦に入っている。

 クリスティアーノが最初に言った「この部隊だけでは殲滅は無理」と言う言葉とは矛盾していたけど、どうやら将軍ジェネラーレを使用することは作戦のうちに入っていなかったようだ。

 こんなことが出来るなら最初から使えばいいのにと不満を口にした僕に、クリスティアーノは「私は救えるものは全部救う主義だが、それでも一番大切なのは自分の生命なのだよ。22枚の将軍ジェネラーレを使うという事は、私にとって諸刃の剣でもあるのだ」と、馬上で髭を撫でた。


 ちょっと良くわからなかったけど、それ以上聞いても良いような雰囲気じゃなかったので、僕は救出されてぞろぞろと兵士に連れて行かれる村人へと目をやった。

 僕が連れ帰った小さな子供は、両手両足に血が雨で滲んだ包帯を巻かれて、輜重しちょう部隊の荷車に乗せられている。

 とりあえず一命は取り留めたが、一生両手両足に障害が残るだろうと言うのが治療にあたったディエーチ・サントグラールの見解だった。


「アクナレート、お前の行動は軽率だったが、結果として一人の人間の命を救ったのだ。それは誇って良い」


 馬上で髭を撫でたまま、クリスティアーノが口を開く。

 僕は思わず彼を見上げ、その後荷車の上の子供に視線を戻した。


「それで、どうするのだ?」


「え? どうするって何が?」


「お前が救った小さな子供の事だ」


 クリスティアーノが何を言っているのかわからない僕は「どういうこと?」と質問を重ね、彼はその言葉を予期していたかのように小さな溜息をつくと、未だ殲滅戦がつづく戦場へ視線を向けたまま、僕の質問に答えてくれた。


「その子供の名前はルカと言う。両親も捕虜の中から見つかった。しかし、ルカが一生杖なしでは歩くこともままならず、重い荷物を持つことも叶わないだろう事を告げると、親は子供を『あきらめる』と言って去っていったのだ」


「……あきらめる? ……って?」


「その言葉のとおりだ。日本とは違ってこの世界の子供は労働力であり、働ける年令――まぁ6歳くらいか――になるまでに半数以上が死んでしまう、分の悪い先行投資のような、謂わば資産だ。財産という意味では日本と同じではあるがな。その親は将来利益を生まない事が分かっている資産は処分すると言っている。そういうことだ」


「うそでしょ?! 子供だよ? 自分の、自分たちの子供にそんな……」


「そういう世界なのだ。アクナレート」


 ピシャリと。クリスティアーノは僕の言葉を遮ってそう断じた。


 庶民、特に所得の少ない労働者や農民たちは、平均で5~6人の子供を作る。

 そのうち働ける年齢まで生き延びるのは3~4人。半数ほどは栄養失調や病気などで死ぬ。

 そこから自分たちの将来の面倒を見る子供を1人だけ残し、残りは里子に出すのだ。その里子だって実質人身売買での安い労働力の提供みたいなものだと、以前水晶球で調べた時に書いてあったのを思い出した。


「でも……ひどいよ。せっかく生命が助かったのに」


「下々の者たちは、自分が生きてゆくことで精一杯なのだ。納得しろとは言わない。だが、分かってやれ。嫌なら自分で世界を変えて行け」


 駆け寄ってきた兵士の報告を受け髪を掻き上げると、「話は終わりだ」とばかりに馬を進めたクリスティアーノを僕は見送る。

 辺りの戦闘は終息し、兵士たちが魔宝珠を回収する時にたてる鎧のガチャガチャと言う音と馬のいななきだけが、地面を叩く雨音にぼやけるように丘の木々に響いていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 貴族として、国軍としての初仕事、討伐任務は結果としてわずか半日ほどで終了した。

 それでも僕は、雨にずっしりと濡れて疲れきった体を引きずりながら我が家の門をくぐる。


「あっくんおかいり~!」


「おう、あっくんおかえり! ……って何やその荷車?」


 玄関で出迎えてくれたりんちゃんを「ただいま~」と抱きしめて、びしゃびしゃのローブにきゃっきゃと笑うりんちゃんに癒やされた僕は、大きくため息をついた。

 僕の後ろでは、クリスティアーノが貸してくれた兵士が2人、わらの敷き詰められた木製の荷車を引いて待っている。

 訝しげにそれを見るチコラに、僕は意を決して立ち上がり、口を開いた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「あかんあかん! そんなんあかんやろ! 人やで?! 異世界ここの!」


「わかってるよ! でも放っておけないでしょ?!」


 屋敷に空き部屋は沢山有る。

 そのうちの一つのベッドに、僕が生命を救った小さな――とは言っても5~6歳くらいの――男の子、ルカが眠っていた。

 ベッドから少し離れたソファーで、僕とチコラは口論を続けている。

 りんちゃんはお風呂タイムなので、ここに居ないのが救いだった。


「生活的にはなんとかなるやろうけどな、こんな子供、この世界には掃いて捨てるほどおるんやで? あっくんお前、それいちいち引き取る気か?」


「そんなこと言ってないよ、ただルカは僕のせいで親に捨てられたようなものだし……」


「はんっ。お前が助けなければその場でノールに食われて死んどったんやろ?」


「……うん」


「生命を救ったったんや、感謝されることはあっても、なんもお前が責任を取る必要は無いやろ」


「でも……救ったからこそ、救った生命に責任があるっていうか……」


「……ほんま、めんどくさいやっちゃなぁ」


「……ごめん」


 僕が謝ると、チコラはお風呂から上がってこちらに駆けてくるりんちゃんの声に耳をそばだてた。

 部屋の中をスイっと飛んで苦しそうに眠るルカの顔を覗き込む。


「まぁ、話はコイツが目を覚ましてからや。この世界で6歳っちゅうたら立派な働き手やからな。どうしたいか自分で決めさせたらええやろ」


 チコラの名を呼んで駆け寄るりんちゃんを迎えたチコラが受け止める。

 目の前を横切りざま「殺してくれって頼まれるかもしれんけどな」とつぶやいたチコラの声が、いつまでも僕の頭のなかに繰り返し響いていた。

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