第06話「冒険者とようじょ」
「ゴブリンの集落を壊滅させた冒険者ってのはアンタかい?」
声をかけてきたのはブレストプレートにガントレット、レガース、腰にはバスタードソードという姿の、少年と青年の間のような年齢の戦士。
後ろに隠れるように、同じような格好をして剣の代わりにウォーハンマーをぶら下げた女性と、軽装の革鎧と弓を背負った青年が並んでいる。
彼らはどこからどう見ても傭兵か冒険者だ。それも経験の浅い駆け出しと言う雰囲気を色濃くまとっている。
いや、まぁこの辺はこういう人たちで溢れているんだけど。
「……は、はぁ。あの、まぁ多分……そうです」
「多分?」
「いや、そうです。です」
不思議そうに目を見つめられ、僕は慌てて言い直す。あぁ、焦ってまた語尾を2回言っちゃった。
目をそらして膝の上のりんちゃんを覗き込むと、口の周りに砂糖がたくさんついていたので、ポケットからハンカチを取り出して拭いてあげた。
こういう時りんちゃんが居てくれると、目をそらしても不自然でも失礼でもないから凄く助かる。
「本当に子連れなんですね」
後ろに控えていたウォーハンマーの女性が僕の前にかがみ込み、りんちゃんに目線を合わせた。
「こんにちは、おじょうちゃん。私はルーチェ、よろしくね。お名前教えてもらえるかしら?」
「
右手を上げて宣誓でもするように名前を告げたりんちゃんの口にもう一つ丸いカステラを入れてあげて、僕はドヤ顔をする彼女の頭をなでた。
「アマミアちゃん? 珍しい名前ね。家名みたい」
「あ、いやいや。あの、この子の名前はリン・アマミオです。えっとそれから……、僕はアクナレート・アマミオ。この子の父です。は……はじめまして」
「ワイはチコラちゃんや! ねぇちゃん、よろしゅうな!」
突然、はるか上空に居たはずのチコラが、僕の頭の上に着地する。
この世界には存在しないであろう、クマのぬいぐるみそのものの姿をした彼を見て、冒険者たちはもちろん、周囲の人達も驚きの声を上げた。
「ちょ……チコラ。隠れてるって言ったじゃないか」
「もうええわ。なんでお前ばっかり若いおねぇちゃんとお知り合いになろうとしとんねん。ワイかて出会いは欲しいんやで!」
男性二人にも「お前らも、自分の名前名乗れるくらいの常識もってるなら、よろしゅうしてやらんこともないで?」と告げると、伸ばされたりんちゃんの手に引かれるようにして、彼女の胸の中に収まった。
あっけにとられていた戦士が気を取り直したように姿勢を正す。
彼に促されてウォーハンマーの女性も立ち上がり、戦士の隣りに並んだ。
「失礼。俺はトリスターノ・ウーゴ・タリアーニ。戦士……冒険者をしている。ルーチェ・アルベルティーニは
「……はぁ、よろしく」
うん、まず東方正派っていうのが……たぶん宗教なんだろうと言うことしか分からないし、オルコがアダ名である事のどこが「もちろん」に繋がるのかもよく分からなかったけど、とりあえずどっちも常識だったら恥ずかしいからそれは無視して挨拶を返した。
後で水晶球で調べてみよう。
「まぁそう邪険にしないでくれ。アンタの腕を見込んで儲け話を持ってきたんだ」
りんちゃんへ目を向けて頭を撫でたり口元を拭いたりしながら話を聞いていたのが良くなかったのか、僕が彼らを邪険に扱っていると思われたようだ。
違うよ。ごめんね。僕はまだ初対面の人と目を合わせながら話をするなんて言う高等技術は持ってないんだ。
黙って頭を下げた――たぶん相手からは「いいから先を続けろ」的な態度に見えただろう――僕に、3人は顔を見合わせて話を続ける。
「ここじゃなんだし、よかったらギルドの個室を借りて話をしないか? 一人につき少なくとも金貨5枚の儲け話だ。もちろん部屋代は俺たちが持つし、話を聞いた後に断ってもらっても構わない。ただ、その場合は情報を誰にも漏らさないって言う念書は書いてもらうけどな」
ホントはりんちゃんと
◇ ◇ ◇ ◇
ギルドに到着するまでに、こっそりと水晶球を調べる。
オルコは、古代語で『鬼』と言う意味で、縁起が悪いので名前としてはありえない。だから「もちろん」アダ名なんだろう。
両方共常識っぽい。質問しなくてよかった。
ついでに彼らのステータスも確認したけど、概ね自己紹介通りだった。
ただ一つ、トリスターノのクラスが「戦士/冒険者」ではなく、「国家諜報局員/魔法戦士/冒険者」になっていたこと以外は。
ちなみに一番怪しそうだったオルコは名前が「オルコ(オルケティーノ・アロンツォ・フィッカロンティ)」でクラスが「探索者/冒険者/傭兵」。
ルーチェはクラスが「神官/冒険者」で、種族の所に「1/32エルフ族」と書いてあった。
街に入ってから異種族を見なかったので居ない世界なのかと思ってたけど、どうやらエルフとかも居るらしい。
そうだよね、精霊族とかゴブリンとか普通に居るんだもん、エルフが居たって何もおかしくない。
むしろ居ないほうがおかしいかな。
それにしても百歩譲ってトリスターノが魔法も使えるのに「魔法戦士」じゃなくて「戦士」だと名乗ったのは、「そんなに役に立つ魔法が使えるわけじゃない」とか「戦闘に役に立つ魔法をまだ覚えていない」とかで省略したんだろうとしても、国家諜報局員ってのは怪しい。怪しすぎる。
でも今更ここで逃げ出すのも逆にヤバイ状況になりそうだし、なによりもりんちゃんがルーチェと手を繋いで歩いているのだ。
すぐにどうこうと言う感じでもないし、ただゴブリンを集落ごと潰す程の冒険者(=僕)が危険な人間じゃないかを確認しに来ただけということも考えられるので、ここは大人しく従うのが良さそう。でも、もしりんちゃんに危険があるようなら、
「ここだ、一応1時間借りたが、延長も出来る」
ドアを開ける音とトリスターノの声に、僕は思考の中から現実に引き戻される。
10cmほども厚みのあるドアをくぐって2m四方の狭い部屋へ入ると、トリスターノは鉄の閂をかけた。
真ん中の小さなテーブルに4つの椅子がある。
一番奥の椅子を勧められて僕がそこに座ると、左右にルーチェとオルコ、正面の椅子にトリスターノが腰掛けた。
もちろん、りんちゃんは僕の膝の上、チコラは僕の頭の上だ。
「さて、アクナレート。アンタに手伝ってもらいたい儲け話ってのはホブゴブリンの王国の殲滅だ」
トリスターノが単刀直入に切り出す。
いきなり名前の呼び捨てとか、この人の対人距離感は狂ってると思う。
いや、諜報部員だもんな、相手との距離感を縮める手段の一つなのかもしれない。少なくとも僕には逆効果な訳だけど。
僕は抱っこしたりんちゃんが飽きないように、テーブルに置いたカステラとジュースを持たせると先を促した。
この世界のホブゴブリンは、ゴブリンの集落を一頭の力のあるオスをリーダーとした少人数の群れで襲って支配することで小さな「王国」と呼ばれる集落を作る。
基本的には山奥に住んでいるため人間との
もちろん国軍も討伐に向かっているのだが、数カ所で同時多発的にホブゴブリンが現れているため、中でも小さめの「王国」を冒険者に任せるというお触れが3日後には公表されると言う情報だ。
「3日後?」
「ああ、これは極秘情報なんだ。ホブゴブリンを狩った冒険者パーティには5ゴード金貨の報奨金が出る。
5ゴードと言えば一般の商人の半年分の収入だ。
それに、集落ひとつ分の魔宝珠は、昨日僕が潰したのと同じ規模の集落だとしても20ゴード以上になるだろう。
全部で25ゴード。4人で分けても6ゴード以上にはなる計算だ。
確かにこれは美味しい儲け話なんだろう。
「それに、国軍に名前が売れれば、これからもいい仕事を回してもらえるだろうしな」
冒険者ギルドは半国営だし、確かに信用できて実力のある冒険者は重宝されるだろう。
ホブゴブリンは、中級程度の冒険者でも倒せる敵だし、「王国」は小さいものだそうなので、それで5ゴードと信用を得られるとすれば、それは冒険者としては美味しい話なのかもしれない。
でも僕は冒険者じゃないし、お金にも今のところそんなに困ってない。
国との繋がりも、あれば重宝するかもしれないけど、そんなに必要というわけでもない。
そんな状況で、「国家諜報局員」などと言う怪しい
「あ、あの、せっかくですけど――」
「ええよ、やったろやないか」
「――今回は……って、ええっ?!」
断ろうとした僕の言葉を遮って、チコラが小さな胸をどんと叩く。
「いや、ちょっとチコラ――」
「ホブゴブで5ゴードとか美味しすぎやろ!」
「ちょ……あの……」
「よし決まった! 今回は情報が出回るまでの時間がキモだ。今からとは言わないが、明日、日の出とともに出発しよう。昼には『王国』をぶっ潰して、夜には
「わかった。じゃ、ワイらは準備もあるさかい帰らせてもらうで」
「ああ、明日日の出の時間に西門で。よろしく頼む」
「ほなな! じゃ、行くでりんちゃん」
「うん! ルーチェちゃんバイバイ!」
「え……ええぇぇ?」
こうして僕らは、国家諜報局員と共にホブゴブリン討伐へ向かうことになったのだった。
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