第二章:あっくんは貴族となり、平和な生活を城塞都市で営む

第05話「進路とようじょ」

 この転移異世界を統一している王国『千年王国ミレナリオ』の一都市、城塞都市『ポルデローネ』に宿泊することになった初日。

 安宿には個室の空きがなく、大部屋で雑魚寝と言うのもりんちゃんが可哀想だったので、予定よりもかなり高級な宿に泊まることになった。

 決して僕が人見知りだとかコミュ障気味だという理由ではない。


「まぁ個室で食事と小間使いが付いて1日12シーバならそんなに高ないやろ」


「高いよ。1ヶ月分前払いでちょっとおまけしてもらったけど、3ゴードと30シーバも払ったんだよ? 10ゴードあれば1年はゆっくり出来るって話だったのに、もうお金6ゴードくらいしか無くなっちゃったよ。予定の3倍以上って言うのはかなり予想外だった」


「まぁええてええて。無くなりそうならまたモンスターでも狩ればええんちゃうか?」


「……チコラはそう言うとこ適当だよね。僕はね、できるだけりんちゃんにモンスターを狩るところとか見せたくないし、もちろん留守番だってさせたくないんだよ」


「そう言うたかて、ぜぜこは稼がなあかんやろ。ホンマ失礼なやっちゃな、人のこと適当て」


「適当だよ! そもそもその変な喋り方だってすっごい適当だし――」


「てててて適当ちゃうわ! この喋り方は高貴なる精霊族の特別な言葉なんやで! 謂わば『お公家くげ言葉』みたいなもんや! ワイはプライド持って喋ってんねんで!」


 もちろん、僕らが今喋っているのは地球の言葉ではなく王国共通語と言うこの世界独自の言葉だ。

 ただ、僕が『転移トラック神』として受け持っていた『地球』と言う世界の『日本語』と言う言葉に変換されて聞こえている。

 チコラの話す言葉は独特のなまりがあって、それは『関西弁』と言う言葉に近いけどそれとも違う、不思議な喋り方になっているみたいだった。


「あっくん! チコラちゃん! ただいまー!」


「アマミオ様、お嬢様の湯浴みが終わりました」


 部屋の奥側にあるドアを開け、ほかほかと湯気を上げたりんちゃんが駆け寄る。

 まだしっとりと濡れた髪の彼女を両手で「たかいたかい」のように抱き上げると、りんちゃんはきゃっきゃと声を上げて笑った。


 ここではりんちゃんは僕の娘と言うことになっている。

 4歳の子どもを25歳の男が連れて旅をするのに、それ以上の言い訳が思いつかなかったのだ。

 僕は白い肌に白髪で緑の目をしていて、りんちゃんは髪の色が茶色味がかっている事を除けば典型的な『日本人』の姿をしているため、他国の人間を奴隷として扱うこの国の常識からすればりんちゃんを『奴隷』と言う設定にした方が納得を得やすかったのだけど、それは絶対に嫌だ。

 結局とりあえず「娘です」と押し切る。宿の人は「色々事情があるんだろう」的な含み笑いで一応納得していたみたいだった。


 「もういっかい!」とたかいたかいをせがむ彼女を「服を着て、髪を乾かしたらね」と床に下ろす。

 少し不満気な顔をしたりんちゃんに負けて、もう一回たかいたかいをした僕は、専属の女性メイドさんに彼女を頼むと、着替えのために別室へ向かうりんちゃんを見送って、チコラの方を向き直った。


「……ホンマ、りんちゃんに甘いねんなお前は」


「チコラほどじゃないよ。それはそれとして、これからの行動指針というか、目的を決めたいんで相談に乗ってくれるかな?」


「ええよ? でも『りんちゃんとチコラ、ついでにあっくんは、それからずっと楽しく幸せに暮らしましたとさ。おしまい』でええんちゃうか?」


「僕としてはそれでも全然構わないけど、まさかそういう訳にはいかないよ」


 そう。

 僕だってずっとこうやってりんちゃんと楽しく暮らせるなら何の不満もない。

 でもそれはあくまでも僕の希望であって、小さなりんちゃんにそれを強要するのは絶対にダメだ。


「じゃあどないすんねん」


「それを相談しようっていうんじゃないか」


「なんや、結局ノープランかい。ほなやっぱ『幸せに暮らしました』でええやないか」


「それも選択肢の一つではあると思うんだけど――」


 僕の頭の中には大まかに言って2つの選択肢がある。

 ひとつ目は今言った通り「この世界でりんちゃんを育てていく」と言う選択肢だ。

 この世界の住人として、僕らがりんちゃんを育ててゆく。りんちゃんは女の子だから母親代わりになってくれる人も必要かもしれない。この世界の教育水準がどんなものか知らないけど、最高の教育も受けさせてあげたい。

 ただ、この『千年王国ミレナリオ』は国家としてかなり安定しているようなので、お金さえあればそれは全てなんとかなりそうな気もする。

 そのお金にしても、今日みたいにモンスターをチート武器でサクサクと狩れば、不自由することもないだろう。


「何の問題も無いやないか。ほな決まりや」


「でもね、この選択肢には心配が2つあるんだ」


 一つは666年毎にやってくる『災厄の魔王』復活まであと数年であると言う周囲の状況。

 それに伴ってモンスターも活発化している。


「ええやんかモンスターくらい。お前のデスサイズでちょいちょいやろ?」


「うん。そうかもしれない。強いモンスターも居るだろうけど、ゴブリンと戦った感じではまだまだかなり余裕があるからね。でもね、本当に一番心配なのは――」



――りんちゃんのクラスが『』だということだ。



 水晶球を取り出して、りんちゃんのステータスをチコラへも見せる。

 それを見たチコラも、流石に眉を曇らせた。


「つまり、りんちゃんが『災厄の魔王』と戦わなあかんっちゅうことか?」


「たぶん」


「あかんあかん! それはあかんで! こっちのセンはナシや! もう一個の選択肢いってみよか」


 体全体を使って腕で大きく「×」の字を書いたチコラは焦った様子で次の案を促す。

 僕も小さくうなづいて、話を続けた。


「もう一つの選択肢は――僕はこっちの方が良いと思ってるんだけど――りんちゃんを元の世界に戻す。両親の元へ」


「は? お前それマジで言うてるんか?」


「うん。僕の送り出した転移者の中にも2人、帰還を果たした人が居るんだ。実績はあるんだよ」


 嘘ではない。転移の神である僕は帰還も自分で行っていたから確実だ。

 ただ、僕は自分がどのくらいの期間転移を司っていたのか覚えていないし、送り出した数は少なくとも100人は超えている。

 そのうちの2人。


 それが分の悪い賭けであることは自分でも分かってる。


「どうせアレやろ? 魔王を討伐した勇者が褒美として帰還したとかそんなやろ? ほな結局魔王倒さなあかんやないか」


「うん、一人はそうだったんだけど、もう一人は違ったんだよ。なんか、その世界の神様の無くしものを見つけた褒美で帰還できたんだって」


「無くしモノ?」


「それは別にどうだって良いと思う。とにかく、転移世界の神に恩を売るなりなんなりして、元の世界へ帰してもらえばいいってこと」


「神に、て。どっちにしろ気の長い話やんな! まぁええ、とにかくすぐには帰れへんねやから、こっちの世界での生活を豊かにするとこから始めればええやろ」


「そう……だね。まずは情報集めかな……神様のクエストを受けられる場所とか、りんちゃんが元の世界と同じような教育とか生活を出来る場所とか――」


「あと、うまい飯とか観光名所とかな?」


 チコラの全身から「良いボケやろ?! さぁ来い! どんどんツッコんで来いやぁ!」と言うオーラを感じる。

 でも僕は一瞬考えてニッコリと笑った。


「そうだね。そう言う情操教育も大事だよね。りんちゃんと一緒に、たくさんキレイなものを見て、たくさん楽しい思い出を作ろう」


 ニコニコと笑う僕とチコラは少しの間無言で顔を見合わせる。

 ウズウズとしていたチコラはとうとう待ちきれなくなって、空中で土埃を上げて「ずるぅ~っ!」とコケた。


「ノリツッコミやないんか~い!」


「しないよそんなこと」


「お前はもう少し空気を読むことを覚えたほうがええで! コミュ障あっくんめ!」


 僕はぐっと言葉に詰まる。チコラやりんちゃんとは普通に話ができるつもりだったけど、それでも空気を読めていなかったのだろうか?

 りんちゃんが周りとちゃんとコミュニケーションが取れるように、僕も気をつけて会話をしなくちゃ。


 あぁ……心配だ。


「アマミオ様、お嬢様のお着替えが終わりました」


「あっくん!」


 ぴょん。


 ソファーに座る僕の膝の上に、おしりから飛び込んできたりんちゃんが収まる。

 いつもどおりキャラメル色の真っ直ぐな髪はお気に入りのいちごの髪留めで一本に結わえられ、頭の上に飛び出していたけど、着ている服は初めて見るものだった。

 丸首で凝った刺繍の飾りがついた白とあずき色のワンピース。僕が買った貫頭衣は「身分の低い」者が着る服だと言うことなので、部屋つきのメイドさんに20シーバほど渡して購入してもらったものの一つだ。

 りんちゃんは膝の上で僕を見上げ、たくさんのフリルが付いたスカートの裾を僕に見えるように持ち上げている。

 何かを期待するような目で見つめられていたが、よくわからない僕はただ笑って抱っこしていた。


「りんちゃ~ん、可愛い服やなぁ~。よう似合っとるで!」


 チコラが、肘で僕の頬をつつきながら肩に乗る。

 そこでやっとりんちゃんの視線の意味に気付いた僕は、慌ててチコラの言葉に乗っかった。


「あ、うん。そうだね。りんちゃん可愛いよ! すごく似合ってる!」


 その言葉を満足気に聞いたりんちゃんは、やっと僕から視線を外して脚をブラブラさせ始める。

 僕の頬に肘をつき、小さくため息をついたチコラが「あほ。コミュ障」と囁くのに僕は反論もできず、額の汗を拭いた。

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