第04話「怪物とようじょ」

 ゴブリン。


 濃い緑色の皮膚をして、りんちゃんよりちょっと大きいくらいの背丈の、棍棒や錆びた剣で武装した、このおぞましい生き物は大概の異世界に所謂『雑魚敵ざこてき』としてウヨウヨしている。

 僕たちの転移してきたこの世界「ジオリア・カルミナーティ」でも、その基本は踏襲とうしゅうされていた。


 左手で抱っこしたりんちゃんに「目をつむっててね」と囁き、りんちゃんが「ギュッ」と目を瞑ったのを確認して死神の鎌デスサイズを一振り。

 周囲に生えている樹齢数年の若い木とともに、僕の「クラス:SSS+++」のデスサイズは、その移動経路の途中にあったゴブリンの体と樫の若木を、柔らかいプロセスチーズを切断するように、何の引っ掛かりもなく両断した。


「これ、情操教育的にあまり良くないんじゃないかな?」


「せやけどこれが異世界こっちの常識やしなぁ」


 人間と同じように普通に両親から生まれたイノシシと違って、切断されたモンスターはどす黒い半透明のたまに収縮する。

 モンスターの強さにその大きさや濃さが左右される魔宝珠まほうじゅは、街に入った際に貨幣と交換できると言い、先程からチコラが一生懸命集めていた。


「ふぅ、ほんでな」


「うん」


 またデスサイズを一閃。ゴブリンを切断しながら、僕らは世間話でもするように今後の計画を話し合う。

 「SSS+++」の武器を持った僕にとっては、昨晩のイノシシより数倍強いはずのゴブリンでさえ、オーバーキルの発生するような弱い敵に過ぎないのだ。


「街に入れば魔宝珠を売り払って金も手に入れられるんやけどな」


「うん」


「少なくともりんちゃんの服と、お前のデスサイズは隠すなり何なりせんと、なんや面倒なことになりそうやんか?」


 確かに、りんちゃんが着ている服は白地にピンクのパジャマで、この世界には存在しそうのない生地だし、僕の武器は禍々しい刃渡り1.5mの死神の鎌デスサイズで、鞘もなくむき出しだ。

 そう言われてみれば、街に入る前に行商人でも見つけてこの世界風の服やデスサイズを収納する鞘を手に入れてからでないと、街にすら入れてもらえないような気がしてきた。

 眉根を寄せて悩みながら「そうだね」と相槌を打ち、返す刀でゴブリンを4頭切り飛ばす。

 すかさず魔宝球を拾って回ったチコラは「ワイはプリチーやけど精霊やし、最初は一番大人の人間っぽいお前が単独アポ無し旅と洒落こむしかないやろな」と雷撃の魔法で数匹のゴブリンの息の根を止めていた。


「不安だなぁ……」


 りんちゃんを含め、僕が転移させる前に彼らが生きていた『地球』と言う世界の常識や知識については、ある程度詳しく知っている。

 でも、この世界の精霊が宿っているチコラと違って、僕には決定的にこの世界の一般常識というものが欠如しているのだ。

 チコラ抜きで魔法珠を貨幣に替え、そのお金で目立たない服を買う。

 まぁ言ってみればたったそれだけのことなんだけど、そもそもコミュ障気味の僕には無理ゲーのように思えた。


 いや、もっと心配なのはりんちゃんと離れることだ。

 もちろん、存在自体がチートとも言えるチコラが一緒にいてくれるのだから、本当は安全なのだろうとは思っている。

 でも、昨日の失態以来、僕はりんちゃんから離れることに恐怖にも近い不安を感じるようになっていた。


「あっくんがんばれー!」


 両手で目を押さえていたはずのりんちゃんが指の間から僕を見て応援してくれる。

 僕と目の合った彼女は、慌てて指の隙間を閉じ、僕の肩に顔を埋めた。


「……りんちゃんに応援してもろて、それでも頑張れん言うんならお前、しまいやで」


「……うん、そうだね」


 抱っこしているりんちゃんの温もりを感じながら、僕とチコラは更に数十匹のゴブリンにとどめを刺し、ついには一つのゴブリンの集落を全滅させてしまったようだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「……盗品じゃないだろうね?」


 武器も荷物も持たず、大きな草を編んだカゴの上の魔宝珠をどんとカウンターに乗せた僕を、冒険者ギルドの職員は胡散臭げに睨みつけた。

 午後のおやつ時。ギルドには人がほとんど居ない。


「え? いえ、あの……そこの森で……」


「……確かに……逢魔おうまの森産のゴブリンのようだが……」


「ああぁ、いえ、あの……せっ精霊の加護がね? ありましてっ!」


 職員は「ふぅん……」とまだ納得していない様子で僕を見る。病弱そうな僕がモンスターを根こそぎにしたと言うのが信用出来ないのだろう。

 それでも精霊と言う名前が出たのと、見ようによっては魔法使いに見えなくもない僕のローブに一応うなづいて、彼は一つ一つ丁寧に魔宝珠の傷、濁り、重さを調べて小さな黒板に記入してゆく。

 嫌な汗をかきながら作業が終わるのを待っていた僕が声をかけられたのは、たっぷり5分以上も過ぎた頃だった。


「まぁ盗品じゃないと言うのは認めるとして、これだけの量を一度に換金は出来無いよ。この街ポルデローネにはどのくらい滞在するつもりだね?」


「滞在……そうですね……。あの、滞在費に余裕があれば……し……しばらくゆっくりしたいなぁ……なんて……」


「……まぁこれだけのゴブリンを倒したんだ、気持ちは分かるよ。今日出せるのは半分の10ゴードと……20シーバだね。残りは早くても28日後になるよ。嫌なら半分は別の町で換金するんだね」


 10ゴード? 20シーバ?

 しまった、通貨単位を調べるのを忘れていた。

 僕は「ちょっとすみません」と建物の角へ行き、メモでも調べるようなフリをしながら水晶球を検索した。


 千年王国ミレナリオで使用できる通貨は基本的に4種類。

 一番単位の大きいのが、王族と貴族、その御用商人の間でのみ流通するプラチナ貨『ミレナリオゴード』。その下が一般的に流通する最上位貨幣『ゴード金貨』、後は『シーバ銀貨』、『ブローヌ銅貨』の順になる。


 1ミレナリオゴード=1,000ゴード金貨。

 1ゴード金貨=100シーバ銀貨。

 1シーバ銀貨=100ブローヌ銅貨。


 だいたい5ブローヌから10ブローヌで安い食事が出来、安い宿になら個室でも一泊1シーバ前後もあれば宿泊できる。


 そこから計算すると、今日渡してもらえる10ゴードと20シーバと言うのは、標準的な街の商人の年収を上回ると言う事になる。

 ……ホントかな? 計算間違えてないかな?

 近道をしようと思っただけで年収稼げちゃうって、良いんだろうか?

 僕は水晶球から顔を上げると、胡散臭そうにこちらを見ている職員の人に一応確認してみることにした。


「あの……10ゴードって、この街にどれくらい滞在できますか? あ、……えっと3人で」


 僕の言葉に職員のおじさんだけでなく、剣と盾を装備してここの警備をしているらしき屈強な戦士も、呆れたようにため息をついたのが分かった。


「計算するのも面倒だがね、あんたとあんたの仲間がバカみたいな豪遊でもしないかぎり、一年336日はゆっくり出来るんじゃないかね?」


 計算あってた。それに28日後にはさらに10ゴードが入ってくる。

 と言うことは2年分の資金が手に入ったということか。


「……わかりました、ありがとうございます。あの、魔宝珠は全部買い取ってください」


 預り証とか領収書とか、僕はこの国の言葉が書けないので代書を頼んで1シーバも取られた。

 さすが半国営というだけはあってしっかりしている組織っぽかったんだけど、チェックを受けそうだった『国に登録されてない』とか『ギルド員じゃない』とか、そう言う面倒な事は何もツッコまれなかったので、僕はこっそり胸をなでおろした。


 職員のおじさんが「これはサービスだ。ようこそポルデローネへ。皆のためにもお金をたくさん使ってくれよ」と渡された小さな革袋に金貨と銀貨を詰め込んで、僕は市へ急ぐ。

 途中目にした小さな子どもたちの服を参考に数種類のりんちゃん用の服を買い込み、僕のデスサイズを隠すために、大きななめし革を一枚と革紐を適当に買って、僕は逃げるように街を後にする。

 思ってたより警備は適当で、思ってたより治安も良さそうだ。


 遠くから僕を見つけて「あっくーん! おかいりー!」と手を振って駆け寄るりんちゃんを抱きしめてくるくると回ると、りんちゃんはきゃっきゃと楽しそうに笑った。

 街で買ってきた腰を紐で結ぶ貫頭衣をりんちゃんに着せ、僕のデスサイズにはなめし革をぐるぐる巻きにして革紐で縛る。


「これで準備オッケーやな」


「うん、早く宿をとって美味しいご飯を食べよう」


「りんちゃんいちごがいい!」


 いちごは難しいかもしれないけど、たぶんちゃんとした料理が食べられるよ。

 暖かいベッドで眠れるよ。お風呂にも入りたいね。


 僕はデスサイズを肩に担ぎ、りんちゃんを抱っこすると、夕暮れが迫る城塞都市『ポルデローネ』へと意気揚々と向かうのだった。

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