トランジエント・メモリー
高校を卒業してから、およそ1年が経っていた。俺は東京の大学へ進み、美香は京都の大学へ進んだ。卒業してすぐは連絡を頻繁にとっていて、一ヶ月に一回は会おうと約束していた。しかし、半年を経ったあたりからお互い忙しいと、会える機会は減り、連絡をとることも少なくなっていた。
「おい、飲まないのか?」
目の前に座る男、
「飲むさ。乾杯」
「乾杯」
何に乾杯するかはさておき、俺もジョッキを持ち、音を立てた。
数年前の憲法改正によって成人が18歳になった。それによって、酒やたばこが18歳に引き下げられた。そのために色々と騒がれた。基本的に、高校内での飲酒や喫煙は禁止としている学校は多いと聞く。結局は、高校を卒業するまでは大人とは認められていないに等しかった。
勝之は、中学時代からバスケを共にする友人で、高校、大学と一緒になった。今日は、勝之と二人で飲みに来ていた。
「なあ、おまえのクラスに大関ってやついたよな?」
こうして2人で飲むときは、高校時代の話になる。
「ああ、いたな。柔道部でデカいやつだったから覚えてる」
「あいつ、佐々木先輩と結婚するって」
「はぁ!?」
あまりにも衝撃的で、つい大きな声が出てしまう。佐々木先輩とは高校時代のバスケ部の女子マネージャ―で、可愛らしい顔つきで、何人もの
「そりゃあ、冗談だろう?」
大関の巨漢による圧倒的な威圧。それに佐々木先輩は泣きながら逃げ出すイメージしか沸いてこない。
「マジ。……ほら」
勝之は俺にスマホの画面を見せた。そこにはお揃いの"I LOVE YOU"というロゴの入ったTシャツを着て、笑顔でピースサインを作る佐々木先輩と大関の2人が収められていた。
「……マジだな」
「俺もこの写真が送られてきた時はビビったよ。誰だよこのデケエ奴は!?って思ったわ」
勝之はビールを一気に飲み干すと、勢いよくジョッキを置いて、俺に迫った。
「で、おまえは?」
「――は?」
「結婚だよ」
勝之は店員を呼んで、もう一杯と頼み、話を続けた。俺は困惑の表情を見せながらそれを待った。
「美香ちゃんと付き合って何年たってんだよ?そろそろ結婚のこととか考えれば?」
「お前なぁ、まだ俺たち学生だぞ?2人で独立して生活できる金なんてねえんだぞ」
「でも、大関と佐々木先輩は――」
「あれは佐々木先輩の親が大富豪で、すんげえ金持ちなんだよ。だから生活ができるだけだと思うぞ」
「……ふーん。けど、金の問題以前に、だろ?」
勝之の顔は少し赤くなってきた。
「最近、美香ちゃんと会ってないだろ」
「……なんで知ってんだよ」
「ここんところ、美香ちゃんの話をすると話を逸らそうとするからだよ」
たしかに、勝之の言う通りだった。俺は美香の話題が出るたびに、意識的にそれを避けていた。
「いつから会ってないんだ?」
「半年ぐらい前から……」
「お前なぁー」
その時、頼んでいたジョッキが運ばれてきた。勝之はそれを受取ると直ぐに飲む。また少し、頬が赤くなる。
「そのうち、取られちゃうぞ」
「そんなわけ――」
「あるね」
勝之はキッパリと言い切った。
「美香ちゃん、高校の時から人気あったんだぞ?お前が知らないだけで、お前と付き合ってからでもかなり告白してた男がいたんだぜ」
「そんなこと、聞いてない」
「だろうな。そんなこといわねえもん」
「でも、俺たちは付き合ってるんだぞ。いくらなんでも――」
「それじゃあ、なんで不倫ってのは起こるんだろうなぁー」
勝之は目を細めて言った。
「まったく。もうだめだな。翔と美香ちゃんは」
「俺たちはまだ付き合ってる。そんな言い方すんな」
「へぇー。でもさ、美香ちゃんはどう思ってるんだろうね」
勝之は厭らしい笑みを浮かべる。
「……何が言いたいんだ!」
勝之の態度にだんだんと苛ついきて、言葉に力が入る。
「他の男と寝てたら、それはもう浮気だよね?」
「何言って――」
「ほら」
勝之は再び俺にスマホを見せた。
「――ッ!」
そこには、おそらく全裸であろう美香がシーツを掛けて寝ている写真だった。
「お前ッ!」
「美香ちゃん、寂しがってたよ?でもね、翔のことはもう好きじゃないって言ったよ?」
勝之は厭らしく笑った。それを合図の様に、俺は体が動いていた。身を乗り出し、勝之の顔面に右手の拳を与える。勝之は後ろの壁にぶつかり、鼻血を出した。しかし、未だにその笑みは崩さない。周囲の客は突然の出来事にざわついている。
「……ああ、思いだすなぁー。美香ちゃんの声。あの気持ちよさげな喘ぎ声。ハハハハッ!」
「てめぇッ!!!」
俺は勝之の席に回り込むと、もう一発顔面に拳を食らわせた。しかし、勝之は動じない。俺を馬鹿にして、笑う。
俺は店から逃げた。
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