15センチ

結論なんて、とっくに出ていた


「……もう15センチ」


 これで君に届く。

 あと、ちょっとだ。


×               ×               ×


 俺は高校でインターハイ優勝を目指していた。しかし、その夢はかなうことは無かった。3年生はインターハイが終わると、受験の準備。正直、高校を卒業するという感覚が未だにピンと来ていなかった。


「翔はどこの大学を目指すの?」


 美香に尋ねられたことがあったが、いつも曖昧な答えしかでない。高校を卒業したら、俺と美香の関係はどうなるんだろう。今考えていることは、大学のことよりもそんなことだった。そして、悩んだ結果、南に相談することにした。が、


「あんたね、振った女にそんなこと相談するもんじゃないわよ」


 と言われて、デコピンされた。


「いたい」

「そんなことは2人で話し合いなさいよ」

「そんなこと言ってもなー」


 今日は南の家に来ていた。南の曾祖母(会ったことは無いが)の23回忌で、親戚が南の家に集まっているのだ。すでに儀式を終え、夕食の準備をしているのだが、子供と親父たちはそれぞれに遊んだり酒を飲んで駄弁っている。しかし、俺と南は年齢的に夕食の手伝いをするべきなんだろうと思いつつも、南の部屋にいた。

 夏休みもそろそろ終盤だが、一向に夏の熱は冷めず、南の部屋は冷房が効いた。


「そもそも、翔が大学を決めて無いのが原因よ。夏も終わったんだから、大学ぐらい決めなさいよ」


 ごもっともだ。


「南はどこの大学に行くつもりなんだ?」

「高校でバスケをやらず、勉強に力を入れたのよ?それなりの大学を目指すつもりよ。翔は高校でバスケを頑張ったんだから、バスケができるところにすればいいんじゃないの?」

「でも、美香は……」

「大学は人生を決めるのよ。自分の進みたい大学へ進むべきなの。大学が違うぐらいで別れるつもりなの?それならわたし、絶対許さないわよ?」


 南は目を細めた。南が美香を思う気持ちが伝わってくる。


「……ありがとう、南」


 俺は感謝の意を示して、部屋を出た。しかし、あまりの熱気から、一瞬、部屋の中に戻ろうかと思ってしまった。その気持ちをグッと込めて廊下を進む。階段の下から夕食の香りが漂ってきた。もうすぐ、夕食だ。




 翔が階段を下りたことを確認すると、南はそばに置いてあったクマのぬいぐるみに顔を埋めた。


「ああーっ!!!ブーメランじゃん!」


 なーにが大学は人生を決めるよ。翔が行くからって理由で高校を選んだのはどこのどいつよ!大馬鹿者めッ!

 自分にムカついてきたので、よく分からないけど、ベッドにダイブする。クマのぬいぐるみも一緒に。


「うーー、があああーーー、ああああああっ!」


 わたしは夕食ができていると呼ばれるまで、自分の枕に呻き声を聞かせていた。




「久しぶりだね。こういうの」


 夏休みは今日で終わり。すっかり日も暮れたのだが、俺と美香は高校の体育館の中にいた。今日はバスケ部の練習があった。俺はすでに引退した身だったのだが、どうしてもバスケをやりたいという気持ちがあって、数日に一度はここへ来ていた。顧問の先生は「お前はもう、引退したんだ。勉強に集中しなさい」と言っていたのだが、なんだかんだで俺が練習に混じることを許してくれていた。しかし、それもさすがに今日までだろう。引退したのだから、ここで一旦蹴りを付けなくてはいけない。だから、練習が終わったあとも、しばらくここにいて、シュートの練習をしていた。しばらくできなくなるこのボールに少しでも長く触れていたかった。

 実際、ここではなくてもバスケはどこでもできる。しかし、俺はバスケをすること自体に一区切りしたいのだ。


「付き合うまえは、こんな風にわたしが翔のことを見てたよね」


 美香は偶然ここにいた。俺が誘っていたわけではない。理由を聞いたのだが、「……運命だよ」と決め顔をして真面目に答えなかったのであきらめていた。バスケ部ではなく、他の理由、先生に呼び出されたとか?

 ちなめに、美香はバスケ部の練習が終わってからやってきた。俺がいることを知っていたかのように……。と、この理由も「……運命だよ」としか答えなかった。


「なんか、いつの間にかシュート練習しなくなってたよね?」


 そう。俺はシュート練習を止めていた。


「ああ、それは目標を達成できたからだよ」

「目標?どんな?」

「……秘密だよ」

「ええー、教えてよー」

「教えない」


 ……教えたくない。……絶対に。

 と心を揺さぶられているポストに当たって外れてしまった。


「けちー。あ、外した。教えないからそうなるんだよー」

「はぁー」


 遠くへ行ってしまったボールを拾い上げると、なんとなくレイアップシュートをしてみる。さすがにボールはゴールへと吸い込まれた。それが俺の心を押した。本当に話したかったことを言おうと決めた。


「なあ、美香」

「ん?」

「俺、大学決めたよ」

「うん。やっと決めたんだね」


 美香は笑顔で頷いたが、どこか寂しげだった。


「俺、大学でもバスケ続けたい」


 それが、俺の出した結論だった。引退してもなお、こうしてバスケをしている。すでに答えは出ていたのだ。


「わたしはね、翔の結論を聞けて嬉しいよ。応援するよ」

「ああ。でも、俺たちの関係は終わらないぞ」

「……え?」


 美香はキョトンとした表情をする。


「そ、そうだよね。翔は、そうだよ。うん」


 美香は目元に涙を浮かべていた。俺はボールを置いて、美香に駈け寄る。


「どうした?」

「どうもしないよ。ただ、嬉しかっただけなの」

「本当に?」

「うん。本当だよ」


 美香は涙を浮かべながらも、笑顔を決して崩さなかった。


「ありがとう」


 俺も、精一杯の笑顔を向けた。






 



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