それは、あなたが伝えるべき言葉


「ごめん、待った?」

「いいや。俺も今来たとこ」


 遊園地の入場口に立っていた翔くんを見つけ駈け寄る。

 私服姿の翔くんは新鮮で、バスケットボールの試合で着ているユニフォームよりも断然カッコよかった。


「……」

「どうしたの?」


 わたしのことをジッと見ている翔くんが気になり、声を掛ける。


「べ、別に。ほら、行くぞ」


 そう言って、ひとりでスタスタと入場口まで行こうとする。逃がすまい!とわたしは翔くんの袖口を掴んだ。


「わたしの服、似合ってる?」


 その問いに翔くんは照れくさそうに頷いた。ジッと見ていたのはわたしの服を見ていたのだ。昨日の夜、悩んだかいがあって良かった。


「ありがと」

「うるさい。分かったなら早く行くぞ」


 翔くんはわたしの手を握って引っ張る。入場口の列に並びながら、手を繋いでいるんだともう一度自覚した時、わたしの頭から湯気が出そうな程、とても恥ずかしい気分になってしまった。けれど、とても幸せな時間だと感じた。

 ここの遊園地は家族連れに人気のスポットで、日曜日は人がたくさん集まる。あまり人がいない時が良かったと思うのだが、バスケットボール部は基本的に日曜日、しかも稀にしか休みがない。あまり楽しめないかと思いきや、そんなことは無かった。実は、南ちゃんに"遊園地内でのオススメのデートスポット"という題名の地図を渡されていた。その地図には、スポットの紹介とデートコースまでもが細かく説明が載っている。南ちゃんの地図のお陰で、わたしたちのデートはとても楽しい思い出となった。


「ねえ、翔くん」

「ん」


 デートコースの最後、隠れスポットという赤丸がつけられている場所に来ていた。そこはシロツメクサの絨毯が敷き詰められていて、デートの最後を締めくくるのに最適な場所だった。


「楽しかった?」


 シロツメクサが夕日に照らされ、幻想的な光景を生み出している。

 

「ああ、楽しかったよ」


 翔くんは夕日を眺めながら頷く。


「……翔くん」

「…………」

「わたし、翔くんのことが――」

「ダメだ」


 あと一言。それを遮られ、ダメだと言われ、心臓が一瞬止まった気がした。


「どうして……?」


 恐る恐る尋ねる。


「こういうのは、男が言うもんだろ――って、何泣いてるの!?」


 あれ?泣いてる?あ、本当だ。わたし、泣いてるんだ。これは仕方が無いよ。翔くんが意地悪な言い方するからだよ。

 翔くんが「おい、泣くなよ?」「どうした?」と心配そうに顔を覗き込む。


「――お返し!」


 わたしは翔くんに抱き付いた。


「涙が枯れるまで、離さないでね……」


 耳元でそう囁く。

 最初のうちは戸惑っていたけれど、最後はわたしを包み込んで、「もう泣くなよ」と言って慰めてくれた。その時には、とっくに涙は枯れていたけど、翔くんから離れなかった。いや、離れられなかった……全部、恋のせいだ。


×              ×                ×


 わたしと翔は従姉弟で、2人一緒に育った。翔は小学生の頃からバスケットボールを始め、その影響でわたしもバスケットボールを始めた。けれど、バスケットボールが好きなわけでもなかったから上手には成れなかった。ただ、翔と同じことをしたかっただけだ。中学生になった頃には翔は県内でもトップの実力を持つようになっていた。なんだかんだでわたしも中学ではバスケットボール部には入っていたけれど、美香みかちゃんのように、熱心に取り組めはしなかった。

 高校は翔と一緒の高校に入学した。翔は推薦で合格したものの、わたしは推薦を目指せるほどの人物では無かったので、学力で勝負した。周りからは、わたしの偏差値では難しいと言われていたけれど、どうにか合格して見せた。美香ちゃんも同じ高校に合格した。

 美香ちゃんはバスケットボール部のマネージャーをするつもりらしい。わたしはもうバスケットボールと関わる気は無かった。いや、自ら無くした。わたしが恋をしていると悟った時に、それは叶わぬものだということは判っていた。いくら従姉弟よりも近しい存在だとしても、体の距離は近くても、心の距離は届かない。問題は、それを理解した時が、高校に入った直後だったことだった。

 それからは、どうしてわたしはここにいるんだろうという自己否定を繰り返す日々だった。恋心だけでこの高校を選んだ。恋は盲目とは本当だった。


「美香と翔が付き合っている」


 そんな噂が立ち始めたのは、夏休み明けだった。たしかに、これまでに何度かバスケットボール部の試合の応援に行ったときに楽しそうに話す2人を目撃していた。そんなはずはないと思っていたのだが……。

 思わず笑みが零れる。


「……お似合いだよ」


 いつも頭の中に思い浮かべていたのは、わたしと翔が2人で手を繋いで夕焼けに消えていく光景。しかし、それはいつの間にか消えていた。今は、わたしが消えて、美香が翔の隣にいる光景が頭に浮かぶ。いくら振り払っても、その光景は消えない。わたしを嘲笑うかのように、よりそのイメージは強くなっていく。


「本当に付き合ってないの?」

「うん」


 わたしは、美香からの相談を受けて初めて、噂が事実と異なることを知った。

 ほっとした。……なぜ?


「美香は、翔のことが好きなの?」

「うーんと、……分からない」


 分からない?

 湧き上がる感情をグッと抑え込む。


「土曜日か日曜日、休みある?」

「日曜日は休みだよ」

「おーけー、日曜日に翔くんを誘ってデートしなさい。そうね、場所は遊園地。テンプレすぎるけど、あんたにはいいかもね。あいつには絶対に断らないよう言っておくからいいね?」


 どうしてわたしはこんなこと言ってるの?


「いいね?」


 わたしは美香に飛び掛かるように迫った。美香は首を縦に振るしか選択肢が無かった。




「急に呼び出してどうした?」


 翔が面倒だと言わんばかりに疑問を投げかける。


「……美香」

「あの噂のことか。それなら――」

「知ってるよ。だけど、その噂が事実でもいいんじゃないの?」

「…………」


 翔は、俯いて口を閉ざした。


「日曜日、美香と2人で遊園地へ行きなさい」

「……何言ってんだよ?」

「日曜日は暇なんでしょ」

「ああ、暇だけど、なんで南に――」

「翔のことが好き!」


 その言葉を口にした瞬間、まるで魔法のように時が止まった。そして、ゆっくりと時間が進み始める。


「わたし、翔のことがずっと好きだった」


 体中が熱くなるのを感じる。


「でも、従姉弟だから、心の奥でダメだって……」


 目元に雫が集まる。


「でも、好きって感情は、ホンモノ。どうしようもないの」


 頬に一筋の涙が落ちる。

 翔の前では泣かないって決めてたのに。

 

「翔が美香のことを好きってことはすぐに分かったよ。いつもそばにいたもん」


 ああ、わたしって馬鹿だな。


「翔……答えを聞かせて?」

「……俺は」


 答えなんて分かってるじゃん。


「俺が好きなのは――」


 なんで美香が有利になるようなことをするかなー。


「美香だ」


 わたしは最高の笑顔を――

 

 あれ?


 おかしいな。


 笑顔が造れない。


「俺、どうしたらいい?」


 翔は戸惑いながら言った。


「美香にちゃんと告白して。翔から美香に。翔は男でしょ。わたしみたいに言わせないでよね。それは翔が伝えなきゃいけない言葉、だよ?」


 その言葉に翔は笑顔で返答した。

 どうしてそんな顔するかなぁ?わたしが振られたのに。ムカついたから、

 

「翔のばーか」

 

 って言ってやった。

 

 あっ、


 やっと笑顔になれた。


 



 



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