赤く染まるシロツメクサ

四志・零御・フォーファウンド

記憶を辿って

わたしは恋を知った


 あと15センチ。


 思い出の中に幾度となく登場して、わたしを支えてくれたしょうくんの顔が涙でぼやけながらもどうにか視界に捉えている。でも、彼の顔しか見えない。周りにはシロツメクサの絨毯が敷いてあったのだが、今はそれを確認することすらできない。


「……もう15センチ」


 涙交じりの声で、翔くんは呟く。

 あーあ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

 わたしのその思考から、脳内に貯め込まれていた数々の記憶が、瞳の奥で再生され始めた。




×               ×               ×




 翔くんと初めて出会ったのは、高校に入学して直ぐだった。わたしは友達の南ちゃんと一緒にバスケットボール部の見学に来ていた。と言うのも、わたしと南ちゃんは中学生はバスケットボール部に所属していたから、高校でも何らかの形で関わり――もちろん、マネージャー――を持ちたかったからだ。しかし、南ちゃんは勉強に専念したいそうで、入部するつもりは一切ない。わたしが1人で行くのを嫌がったために、仕方なしに彼女が付いて来てくれたのだ。

 バスケットボール部が活動している体育館へ近づくに連れ、ダン!ダン!というボールをバウンドさせる音が大きくなる。わたしの鼓動も少しずつだが大きくなっていた。

 高校生の男子のバスケットボールは中学生までと違って、もちろんのことながら身長が高い人が多い。その分パワフルな試合が観れる。そして、その試合を間近で観たい。そんな思いがあったというのもマネージャーになろうとした理由だった。


「見学に来ましたー」


 南ちゃんはシュート練習をしている先輩に声を掛ける。こういう時の南ちゃんは本当に助かる。先輩に声を掛けずらいはずなのに、怖いもの知らずというか、何と言うか……。

 幸い、その先輩は部長だった。マネージャー志望ですでに入ることを決心していると伝えると


「マネージャ志望!?……マジで!?えっ!?本当に?」

 

 興奮して何度も確認する。

 部長は心の底から嬉しそうにしている。嬉しさのあまり、「みんな!可愛いマネージャーが2人も入部してくれるそうだぞ!」と叫んでいる。……残念なことに、1人だけだということはあとで伝えることにしよう。




 結局、ゴールデンウィークを過ぎても、わたし以外のマネージャー希望の新入部員は誰も来なかった。

 女子マネージャ―はわたしと3年生の先輩たちを含めて3人。2年生の女子マネージャ―はいない。

 ところで、わたしの思惑通り、迫力のある試合は何回も観れることになった。わたしたちのバスケットボール部はインターハイの常連でその功績は輝かしいものだ。その功績のお陰で、県内の有力プレイヤーが数多く集まる。

 翔くんもその中の1人だった。


「翔くん、まだ練習してるの?」


 その問いかけが、いつの間にか、わたしの日課となっていた。そして、翔くんは決まって


「あとちょっと」


 と答える。これは翔くんの日課。

 翔くんはロングシュートが得意で、その長所を生かすために練習が終わってみんなが帰っても、こうして1人でゴールに目がけてボールを投げている。


「調子はどう?」

「今日はいい方だよ」


 そう言って翔くんはシュートをしたが、弾かれて戻ってきた。


「おまえがそんなこと聞くからだ」


 不機嫌そうに呟く。


「ふふ、そうかもね」

「……何で嬉しそうなの?」

「うーん、こうして翔くんのこと見ていられるから……かな?」


 そう言っておちょくると翔くんは顔を真っ赤にして、気を紛らわせるようにドリブルを始めた。ゴールに向かって進む。斜めから入り込み、レイアップシュートを決めようとしたが、これもまた失敗してしまった。




 夏が終わって、先輩たちが引退してから、わたしと翔くんの距離は一気に縮まったと思う。インターハイで優勝はできなかったものの、ベスト8という成績を残して、バスケットボールへの気持ちに一区切りがついたのが大きかった。帰りは方向が一緒だからと2人で帰り、朝も毎日の様に2人で登校していた。しかし、2人の体の距離が近づいても、心の距離は遠く感じていた。なぜだか、会話が上手くいかない。特にそれが大きかった。お互い言いたいことが言えなく、もどかしさを抱える。――今となってはそれがどういうものなのか簡単に分かるのだが、


「あんたねぇ……」


 当時、わたしは南ちゃんにそのことを相談した。


「デートにでも行きなさいよ」

「で、デート!?わたしたち付き合ってないんだよ!?」

「え……付き合ってなかったの?女子の間じゃ、もう付き合ってるって話だったけど」


 南ちゃんは、まあいいやと言ってかぶりを振った。


「土曜日か日曜日、休みある?」

「日曜日は休みだよ」

「おーけー、日曜日に翔くんを誘ってデートしなさい。そうね、場所は遊園地。テンプレすぎるけど、あんたにはいいかもね。あいつには絶対に断らないよう言っておくからいいね?」


 南ちゃんはわたしが入る余地を与えないような剣幕だ。それに圧倒されて茫然としていると


「いいね?」


 南ちゃんの顔が迫っていた。

 わたしは首を縦にしか振れなかった。




 結論からいうと、日曜日は南ちゃんの言う通りに翔くんとデートすることになった。

 土曜日はバスケットボールの練習があったのだが、帰りがけに「明日、遊園地で待ってる」と言って、わたしの戸惑いを知りもせず、走って逃亡を果たしたのだ。一応、南ちゃんに連絡を取ってみると「グッドラック」という言葉と共に、グッドマークの絵文字が添えてある文章が返信されてきて、その後何を質問しても返信は無かった。

 時刻は20時。まだ時間はある。……何の時間?

 わたしは寝そべってたソファから転がり落ちると、急いで自室のある2階へと駆け上がった。途中で出くわした弟に「ついに頭が狂ったか」と言われたので、げんこつをプレゼントして自室へ飛び込んだ。扉の奥から「母さん、姉ちゃんがおかしいぞ」という叫び声が聞こえたが、そんなこと相手にしている場合ではない。

 わたしは今、"あした何の服を着て行こうか問題"が発生していた。マンガによくある"デート前日の女子"を見てこんな焦りはしないだろうと笑って見ていたのだが――笑えない。世の中、実際に経験してみないと分からないことはたくさんあるのかと身に染みたところで、自分が何をすべきなのか思いだしてタンスの扉を勢いよく開けた。


「嘘……」


 と自分で呟いたけれど、それが真実なのは目の前の光景を見れば明白だった。

 

 子供っぽい服しかない。


 そういえば、中学校ではバスケットボールに選手として明け暮れたために、外見のことなど全く意識していなかった。


「――って!」


 なんで子供っぽい服しかないって落ち込んでるの?

 どうして明日のことで頭がいっぱいなの?

 あっ、


「これが……恋?」

 

 その日、初めて恋を知った。



 









 


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