第64話 姫様の決意

「ちゃんと、バルドック兄貴、言う事、聞く」


 オレは何度もライラックに言い聞かせる。

 コイツ目を離すと何しでかすか。


「分かっています勇者様! ご不在の折はこのライラック、国中に勇者様の勇姿を広めて見せますから!」


 だからそれを止めろって言ってんのよ? どうして通じないの?


「今、必死で英雄譚を考えておりますゆえ、出来た折には、この国一の吟遊詩人に謡わせて……」


 オレはシュマお嬢様を見やる。


「ね、ねえセイジ。姫様には気をつけなさいよ! いいですか、少しでも近づくようなら……許可しますから」


 なんの許可だよ? 暗殺か? ダメだろ。

 いかん、今のお嬢様では当てにならない。

 オレはフォルテを見やる。


「えっ、俺? ムリムリ、こりゃダメだってのがピッタリだぜコイツ」


 最後にラルズさんを見やる。

 ラルズさんは困った顔で、


「弟が居るだろ、おい、ちゃんと姉貴抑えとけよ」

「あははは、抑えれてたら僕、こんなとこに居ませんよぉ」


 ごもっともで。

 ああ、帰って来たときが怖いなあ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ようこそおいでくださったエリザリラ姫」

「ごぶさたしております、エステモート王」


 かの国に着いてすぐ、王様に謁見を許されたとの事で、オレと姫様は現在謁見の間に来ている。


「その者が?」

「はい、英雄の1人で、かの兄妹のサポートをこなしていた者であります」


 姫様がオレの事を王様に紹介してくれる。

 だが王様は残念そうな顔で、


「あの可愛らしいシュマ嬢ではないのかのぉ」


 そう言ってらっしゃる。

 王様としては、迷宮攻略のリーダーであったシュマお嬢様か若旦那に来て欲しかった模様。


「申し訳ありません、彼女はすでに新たなダンジョン探索に向かったばかりでして」


 よくもまあ、すらすらと口からでまかせが出るものだ。

 嘘をついてる素振りがまったくない、ある意味大したものだ。

 現在、王子様はダンジョン探索のメンバーを捜している最中らしい。

 各国から腕に覚えがある者を呼び寄せ、試験? らしきものを行っているとか。


 なので、オレもその中に放り込もうという算段だとか。


 カリュリーンさんは止めてくれるのでは? って言ってたが、どうやら姫様、オレがダンジョン攻略をする方向で話を進める気だ。

 ただ止めるだけではこちらに何も利点がないですわ。ホホホって笑ってやがった。

 オレとしては、まだ人から聞いた話ばかりで実際はどうなのか分からない、なので、とりあえずは姫様の案にのっている。


「良いであろう。未踏ダンジョンを2つも攻略した英雄の一員であれば、さぞかし期待できそうであるな」


 明日試験があるそうなので、今日は王宮に部屋を用意してくれるとか。

 ただ、用意してくれたお部屋なのだが、


「なんで姫様、一緒?」


 そう、オレと姫様で一部屋だけだったのだ。


「将来を誓い合った婚約者なんですもの、当然同じ部屋に決まってますでしょ?」


 いつ誓い合ったよ?


「さあ、今日はもう遅いですわ。なんでしたら一緒のベットで寝ますか?」


 寝ませんよ!

 まったく姫様のいたずらにも程がある。今度はなに企んでんだか。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝姫様が、ずいぶんな薄着姿のままで体のあちこちを確かめている。

 目に毒なんで止めてくれませんかね?


「おかしいですわね。蚊帳も何もなかったので少しは覚悟していたのですが?」


 どうやら虫刺されがなかった事に不思議がっている模様。

 ああ、それはこれの所為っすよ。ほら、蚊取り線香。

 これがある限り虫刺されはないッス。

 と、説明したとたん、


 ―――ガシッ!


 オレの両肩を掴んでベッドに押さえつけてくる。


「それは本当なのですか!?」


 えらい迫力である。オレはコクコクと頷く。

 目に怪しい光が灯ってるっすよ? 怖いんでどいてくれませんか?


「セイジ、わたくしは心の底から決意いたしましたわ! なんとしてでもあなたを手に入れると!」


 だんだんと姫様の顔が近づいてくる。

 そ、そんなに虫刺されに苦労されておりましたか?

 そういえば、エステラ姉さんもシュマお嬢様も、オレの蚊取り線香を随分羨ましがっておられましたね。


 あっ、ついちゃう、ついちゃうっす! らめぇええ!


 ―――トントン


「エリザイラ姫様、ぼっちゃまが面会にこられています」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ふう、危機一髪でござった。

 あそこで姫様とキスでもしたなら、なし崩し的にお婿さんにされていたかもしれない。


「やあエリザイラ姫、もしかしてお邪魔だったかな?」


 で、そこの御仁はどなたでしょうか?

 カリュリーンさんと一緒に入って来た人、ものすごい美少年。

 すらっとした体型に、髪は天使の輪がごとき輝く光沢。お肌も透き通るような艶やかさである。


「おぼっちゃまでございます」


 えっ!? おぼっちゃまって……あの王子様? えっ!? あのまんまるおで・こほん、ふくよかだったお方!?

 唖然としたオレは、ぼっちゃまに指を挿して姫様と顔を見合す。

 姫様も開いた口が塞がらない模様。


「いや~、セイジが送ってくれたバナナを主食にしているとどんどん痩せていってね」


 バナナダイエットに成功されましたか?

 あれってほんとに効果あるんだ。

 でも、口調まで変わってないっすか?


「それがだね、聞いてほしいんだじょ! それまでまったく熱意のなかった教育役が張り切りだして、直すまで許してくれないのだじょ!」

「ぼっちゃま、お口が汚れてございますよ」

「うむ、くるしゅ~ないぞ」


 うん、性格は変わってないようでなによりですね。

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