第60話

 となって、残るは頼れる若旦那なんだが……


「アルーシャが……身ごもったらしいんだ!」


 嬉しそうにそう言う若旦那に打ち明けられる訳もなく。

 おめでたが3つ続きですか。やっぱこういうのは続くものなのかもしれません。


「わたくしからいい人材を……」


 え、遠慮しておきます。姫様のいい人材とは不安しか感じられないっす。


「問題ないっ! 私が身命を賭して勇者様をサポートするっ!」


 突然立ち上がって握りこぶしを掲げるライラックを、ナニコレって感じで指をさす姫様。

 説明するのはめんどいのでスルーでお願いします。


「まあ、今まで難攻不落だったのはアンデッドを封じる手段がなかっただけ、セイジのそれがあれば、さほど難題でもないでしょうしね」

「姫様、どうでしょう。セイジ様のお力なら3ヶ月も掛かりますまい。ならば一月程は訓練に当てられても」

「そうですわね」


 姫様の護衛の侍女がそう提案してくる。

 確かに、いきなり戦うのも怖しな。あっ、でもなんか姫様が黒い笑いを堪えてるなあ……


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―――モゾッ、モゾモゾ


「何やってる? 姫様」

「がお~、おばけだぞぉ」


 夜中に姫様が夜這いしにきた。

 シーツを頭から被って。


「………………」


 いい年してお化けごっこっすか?

 オレの無言の圧力に耐え切れなくなったのか、視線をキョロキョロと彷徨わせている。


「ねえ、少しは何か言って頂けません?」


 なんと言えばよろしいのでしょうか?


「うわ~、おどろいたぁ」(棒読み)

「ふふっ」


 おおぅ、姫様が黒くない笑いをしておられる。


「ほら、わたくしをアンデッドだと思って好きにしていいのですよ?」


 えっ、ヤダよ? 後が怖いじゃないか。


「わたくしは今やただのお化けですよ? ほらほら、ちょっと体には自信がありましてよ」


 そう言いながらにじり寄って来る姫様。

 これはヤバイ、なんだか姫様の瞳が捕食者のそれに。

 アンデッドの戦い方を説明するとか言われて王宮になんて泊まるんじゃなかった。


 えっ、据え膳食わねばという場面じゃねって? いやいやいや、これは毒を食らわば皿までって場面になりますよ。


「ぷっ、あははは。セイジもそんな顔するのですね」


 と、突然噴出す姫様。

 なんでも本当に、こうやって人に化けて襲ってくるモンスターもいるとのこと。ほら、サキュバスってやつ。

 あいつ、こっちの世界じゃアンデッド枠らしいですよ。


「そんなんじゃ簡単に捕り込まれてしまいますわよ」


 オレは憮然とした顔でそっぽを向く。

 純情な男心を弄ぶなんてひどいッス。


「フフ、でもセイジがその気なら、わたくしは構いませんわよ。きちんと責任さえとって頂ければ」


 悪戯っぽい顔をしてこっちに笑いかけてくる。


「ちょっ、おいセイジ、何布団の中に入ってきてるんだ。おいって」


 ふて腐れたオレはその日、ラルズさんの部屋に行って布団に潜り込み一夜を過ごすのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「少々やりすぎじゃないかな? ああ見えてセイジは立派な成人だよ?」

「お兄様、ちょっと考えて御覧なさい。世界の全ての神器が失われ、わたくしの手元にしか神器が存在しなくなった様を」


 エリザイラはウットリとした表情で続ける。


「そうなれば、わたくしが世界を動かす事も……セイジが原因だとバレるまで時間が掛かりそうですし、その間にセイジを篭絡して……」


 兄である王太子はヤレヤレと頭に手をやってかぶりを振る。


「姫様、いいかげん『振り』はおよしになった方がいいかと。素直に一言『DA・I・TE』って言えばいいのですよ」


 護衛の侍女にそう言われたエリザイラはポカンと惚けたような顔をする。

 そしてだんだんと顔が赤くなっていき……逃げるようにサロンを出て行くのだった。


「あの子も随分、年相応の顔を見せるようになったな。セイジには感謝しないとね」

「ああ、姫様。なんとお可愛いらしい。ゾクゾクしますわ」

「……あんまりからかうのは、やめてあげようよ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


『エンチャント・衝撃!』


「ぐはぁああ!」


 大の男が小学生くらいの女の子に吹っ飛ばされる。


「おんどりゃぁあああ! ここにおわすお方をどなたと心得る! 女神から遣わされた勇者様であるぞぉ!」


 誰かこいつの口を塞いでくれ。

 ようやく『死者の辿り着く終焉』っていうダンジョンがある町に着いたのだが、


「おう、なんだガキか」


 オレが攻略申請を申し出たカウンターのお兄さんがそう言った瞬間、ライラックがカウンターを跳び越しお兄さんに襲い掛かった。

 なんでも、勇者様に向かってなんという口の利き方だ。とか。

 ちょっとコイツ、なんとかしてくださいよ。


 オレはこんなふうにした張本人を見やる。

 その張本人であるシュマお嬢様は隣のフォルテを見やる。


「えっ、俺?」


 オレとシュマお嬢様に見つめられたフォルテは困惑する。


「ま、まあ落ち着けや。ほら、甘いモンでも食って気を静めろって」


 そう言って食いかけのチョコバーをライラックに差し出す。

 ライラックは、その先が唾液でヌラヌラしているチョコバーを見て微妙な顔をする。

 食いかけを差し出すなよ。


 と、先をポキッと折ってフォルテの口に突っ込み、残りをバリバリと自分の口に放り込む。


「勇者様ありがとうございます。魔力が回復しました、ヤレって事ですよね?」


『エンチャント・斬撃!』


 こいつはアカン。


『手加減・ON!』『装填・不殺弾!』


「げぼぉぁああ!」


 まさか味方に銃口を向ける日がこようとは……

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