第33話 王太子到着

「ね、ねえセイジ、そのね、子供が欲しいなら私が……」


 えっ、ダメッスよ誘拐は。


「なんで誘拐なのよ!」


 前科があるじゃないですか? ほら、オレが欲しいとか。


「なっ、セイジが欲しいとか……言ったけど、言ったけどさ~」


 モジモジしながら地面を蹴るシュマお嬢様。一体、何が言いたいのだろうか。


「二人とも、そろそろ王太子がお見えだ。少しはシャキッとしていてくれないか?」


 若旦那がそんなオレ達にそう言ってくる。

 本日はいよいよ王太子殿下がお見えになる日だ。

 一家一同、館の門に勢ぞろいしてお迎えでござる。


「お兄様! 私やっぱりダンジョン攻略して英雄になる!」

「いやだからセイジにはね……」

「もう、そんな脅しは通用しないんだから!」

「???」


 シャキッとしとかないと駄目なんじゃなかったんですかね?

 そうこうしているうちに大層豪勢な馬車が門に辿り着く。

 キンピカだなあ、よくこれで襲われないものだ。まあ、王家の紋章があるし、そうそう楯突くお方もいないのかな。

 護衛の列もかなりのものだし。


 こんな馬車に乗っている王太子さんってどんな人なのか。

 まともなお方なら嬉しいんだけどなあ。

 その馬車を見てイヤな予感を巡らせていた訳だが。


「おおっ! これは美しい! このような辺境にこんな麗しき姫がおられるとは!」


 馬車から降りてきた王太子さん、シュマお嬢様の手を取り、いきなりそう言い出すのだった。


 まあ、あれですよ。

 うちのお嬢様、オレのポーション水で毎日暮らしてらっしゃる。

 食事の際も、入浴の際も。お嬢様の体の水分はオレのポーション水で出来ている。

 なので、そりゃ~もう、綺麗なお肌をされてらっしゃる。


 若旦那と一緒で元もいいものだから、どこぞの深層の令嬢かと見間違うほど。じっとしてればね。

 しかもだ、最近覚えたオレの化粧水で毎日ぺたぺたしている。

 つるっつるのお肌でござる。


「素晴らしい! 肌が輝いて見えるようだ! しかも、なんと艶やかな髪であることか」


 なお、お肌だけじゃなく、髪や瞳、その他もろもろも、オレが来てからぐっと綺麗になっておられる。

 ポーション水、最高ですな。

 あっ、お嬢様がなんかゴミを見るような目で王太子さんを見られている。


 そりゃいきなり現れて、手を取り、それに口付けなんかされたら引くか?

 でもお嬢様、本人の前でそんな汚いものを落とすようにゴシゴシしていると、さすがに失礼じゃないですかね?

 ほら、王太子さんもあっけにとられた目をしてらっしゃいますよ?


 ちょっとオレの後ろに隠れないで下さい。やめてっ、オレを巻き込まないで! ほんと兄妹そろって……

 シュマお嬢様が髪に触れようとしてきた王太子から逃げてくる。


「はっはっは、照れているのかい? 大丈夫、気にせずにこちらにきたまえ」


 ―――ゲシッ


「お兄様、あまり無作法がすぎますと……蹴りますわよ?」

「もうすでに蹴ってるじゃないか!」


 そしてもう1人、馬車から金髪のお姫様が降りてくる。

 あれ? 王家の人って王太子だけじゃなかったの?

 王太子さんは、そのお姫様に膝の裏を蹴り上げられてカクッときている。


「はぁ……早く死ねばいいのに。そうすれば私が次期国王」

「エリザイラはどうしてそんなに僕に冷たいの? あとここ、他の人も居るからね?」

「大丈夫ですわ。わたくし、そちらのお嬢様とは仲良くなれそうですの」


 そう言ってホホホと笑うお姫様。

 オレ達はあっけにとられて候。

 若旦那はなんとか取り直してお二人を誘導していく。


 その間も王太子さんは、しきりとシュマお嬢様に話しかけてくる。

 ほんとに気に入れられているようだな。


「どうだね、今度、王都に来ないか? 王宮に招待しようじゃないか」

「結構です」

「どうだね、この後、私の部屋に来ないかね? おいしいお菓子を持ってきてるんだ」

「いりません」

「どうだね、お兄様の結婚式のあと、私達の式も執り行わないか?」

「あんたバカ?」


 お嬢様はそんな王太子さんを袖にしておられる。

 お父上がお嬢様が返答する度に顔を青くしておられる。

 まあ確かに、王家のお方に対する言葉遣いじゃないよね?

 しかし、王太子はなぜかその様子を楽しんでいる模様。


「彼女は少し変わっているのかしら? お兄様に話しかけられるだけで王都の女性達は天にも昇る雰囲気なのですが」


 お姫様がオレに問いかけてくる。

 まあ、人それぞれなんじゃないでしょうかね。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「お兄様、少々ハメを外しすぎじゃありませんか?」

「そういうエリザイラだって」


 その夜、王家の兄妹は密談を交わしていた。


「どうでしたか?」

「ああ、とっても可憐だ。ほんとにお持ち帰りしたいくらいだ!」


 ―――ゲシッ


「そっちじゃありません」

「いたた、ほんとエリザはすぐ足が出るなあ」


 ふとお兄様は真顔をする。


「何を企んでいるか警戒するのがバカバカしいほどだな。態々来る程でもなかったかもしれん」

「演技という筋は?」

「このような辺境の領主がか?」

「色々と黒い噂のファイナース家のご令嬢が傍におられましたが」


 お兄様は窓際に寄り外を見渡す。


「その件はすぐに調べさした。聞いてびっくりだよ、自分達を襲って来た人物を護衛として雇っている」


 お兄様は詳細を妹へ報告する。


「頭の中がとんだお花畑のようですわね」

「まったくだ……だが逆に言えば、自分を襲って来た相手さえも懐にしまえる大きな人物であるともいえる」


 それで裏切られて身包み剥がれるならともかく、今日のファイナース家ご令嬢の態度を見る限り、すっかりあの次期領主に惚れ込んでいる模様。

 今回のお宝の買収も彼女がいなければもっと楽に終わっただろうに。いまいましい限りだ。

 自分を襲って来た人物をあそこまで使いこなすとなれば……とりあえずは警戒するべきか?


「エリザの方はどうだった?」

「ほんと、とってもからかい甲斐のある可愛らしい方でしたわ」

「……そっちの話では、なかったのではないか?」

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