第32話

 若旦那の発言に場が凍りつく。

 空気読んでくださいよぉ。

 婚約者さんが椅子に座ってゆっくりと足を組む。


「ここまで虚仮にされたのは初めてですわ」


 ええ、そうでしょうとも。ほんと空気読めない旦那様でごめんなさい。


「わたくしもね、別にあなたでなければならないという訳ではありませんわよ? しかしながら現状、英雄の枠があなたしかありませんの」


 婚約者さんは自分達の家系に英雄の血筋を取り込みたいという魂胆があったことをぶちまける。

 さらに、こんな田舎に好き好んで来たくない。それでも我慢してこうして来たというのにこの仕打ちはあんまりだと。

 あんのクソ伯爵家が英雄など婿に迎えなければ自分だって……とぐちぐちと文句を言っておられる。


「……セイジ、助けてくれないか」


 そんな愚痴を1時間以上も続けられている。おっとちょっと寝てた。


「若旦那、ハーレム、超ハッピー」


 オレはぐっと親指を立てて答える。

 もうそれでいいじゃないッスか。それで全部解決ッス。


「ほう、セイジはハーレム推奨派なんだね」


 あっ、なんか企んでやガル。

 急いでその場を抜け出そうとしたが若旦那の手がガシッとオレの肩を掴む。

 なにでしょうか? あっ、魔法使いなのに意外と握力ありますね?


「ここにいるセイジもまた英雄だ。しかも、だ。固有神器の持ち主でもある」


 今、婚約者さんの目が光らなかったッスか?


「なお、彼は冒険者だ。すなわち、あなたが彼についていかずとも、婿養子でもなんでもおk」


 おkじゃね~よ! 何巻き込んでんだよ!

 ちょっと、あの人の目、オレをロックオンしていないっすか?

 キランキランと目を光らせてこっちを見てきている。


「あっ、アルーシャ」


 オレは窓の外を指差す。


「ええっ!?」


 若旦那は慌ててそっちを向く。オレはその隙に扉に向かってダッシュする。


「おっとそうはいかないよセイジ」


 だがしかし、回り込まれてしまった。

 くっ、こうなったら窓から……

 オレは窓からダイブする。壊れた窓はあとで弁償します!

 あっ……ここ2階だった。


「ヘブシッ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「いや~、さすがセイジだよ。あの人、呆れて帰っちゃったよ」


 そらよーございましたな。

 オレはベットの上で療養中である。


「はっはっは、セイジ君はほんとよく働くね!」


 そう言ってバンバン肩を叩いてくるお父上。痛いんでやめてくれませんかねえ。


「父上、笑い事ではありません。大至急、各所にお断りをお願いします」

「あ~、いや~、そのう。あたた……ちょっと持病の胃痛が」

「そんな持病など聞いたことないですよ!」

「宝石、配る、万事、オッケー」


 オレはお断りと同時に迷宮で取ってきた宝石を配ったらどうかと提案する。

 またぞろ婚約者さんが来て巻き込まれるのは真っ平ごめんでやんす。


「なるほど、それは良い考えかもしれん」

「お待ちください、いくらなんでもそれはないかと。物の価値を知らないにも程があります」


 と、ハルシアお嬢様がそう言ってくる。

 自分達が命がけで盗もうとしたものをタダで配られるのは納得がいかないらしい。


「ダンジョン産の宝石は他とは違います。しかもラスボスの間にあったものともなれば……王家に言い値で売ると言ったときも驚愕しましたが……」

「ハルシア、どんな宝石であろうとも、それを扱えなければ只の石でしかない。そうだハルシア、君にも宝石を送ろう。いろいろ護衛してもらっているしね」


 それを聞いてフラッと倒れそうになるハルシア嬢。


「コレは駄目だ……私がついていなければ、この家はあっという間に破滅だ」


 そう小声で呟いている。

 なにかを決意してらっしゃる様子。


「若様、今後、経理部門は私に任してもらえませんでしょうか。勿論、婚約者の件、私がお断りしておきます」

「ほんとうかね! それはありがたい! ファイナース家が口添えしてくれるなら向こうも諦めるだろう」


 それ以来、ハルシア嬢はまるで若旦那の執事よろしく働いていらっしゃる。家に戻らなくていいのだろうか?


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ねえ、セイジ。今日は辺境の町に戻るんでしょ? え、え~とね、私もついて行っていい?」


 本日は週に一度のマグロ鳥のお納め日だ。やっとミミルちゃんにも会える。

 喜び勇んで町に戻ろうとしていたところ、シュマお嬢様に呼び止められた。


「いいッスよ」


 特に断る理由も無いので一緒に向かう事にする。

 と、町に着いたとたんお嬢様が目を血走らせて辺りを見回す。


「どれ、どいつがそうなの!? ぶっ殺してやるわ!」


 なんか物騒な事を呟いておられる。


「おう、戻ったかセイジ。ミミルが首を長くして待ってたぞ」

「ウスッ、すぐ向かうッス!」


 オレはミミルちゃんが待つ部屋に駆け込む。


「ミミルちゃん~、お待たせでしゅね~。今帰ったでしゅよ~」


 ミミルちゃんはオレを見てキャッキャッとはしゃぎ始める。可愛い奴だ。


「セイジは普段片言なのに、ミミルにだけは流暢に話しかけるな」

「えっ、あ、あの、アレ……」

「おや、あのセイジを見るのは初めてか?」


 お嬢様は突然豹変したオレに驚いている。

 おっと、お嬢様にもオレの可愛いミミルちゃんを紹介しないとな。


「こちらミミル、オレ、将来の嫁」

「こらこら、誰もお前にやるとは言ってないからな」

「えっ、嫁? セイジの恋人って……この子?」

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