第31話 ―――プイッ!

「エンスートお兄様!? どうされましたか、その頬」

「ああシュマか、珍しいなセイジを連れていないなんて」


 シュマはこないだ誘拐されて以来、ずっとセイジに引っ付いて傍から離れようとしない。

 随分怖かったのだろう、それはもう恋人同士かと思えるほどの近い距離だ。


「実はだな……アルーシャに浮気を疑われてな」


 その誘拐犯であったハルシア嬢だが、自分も護衛をすると言い出してエンスートの傍を離れない。

 しばらくはアルーシャも黙っていたのだが、ふと躓いたときにハルシア嬢に支えられている場面を見られて……

 セイジに相談しても、モテル奴は敵だ! 爆発しろ! と言って協力してくれない。


「そんなことより何か話があったのではないか?」


 エンスートはシュマに問いかける。

 シュマはモジモジしながら答える。


「セイジのことなんだけど……お兄様! 私も、私もダンジョン攻略に向かおうと思っています!」

「えっ!?」


 シュマはなんか小声で「私も英雄になってセイジと……」とか呟いている。

 なるほど、あの一件でセイジに惚れてしまったか。とエンスートは思い当たる。

 人の事、爆発しろとか言って、セイジだって隅に置けないじゃないか。だが、ふとエンスートは硬直する。

 いやまてよ、確かセイジには……

 エンスートは辺境の町でセイジに出会った場面を思い出す。


「大丈夫、待ってろ、すぐ、戻ってくる」


 そう言って少女と見つめ合って……これはまずい! セイジにはあの町に恋人がいるではないか!

 エンスートは、なにやら誤解している模様。

 今も週に一度は1人であの町に戻っている。それはきっと恋人に会うために……

 更に誤解は広がっていく。

 セイジは単に、マグロ鳥を週一匹は届けると約束しているだけだが。


(さて、どうやって諦めさせたものだか……)


 誤解を拗らせたエンスートはシュマにセイジを諦めさせる方法を考える。


「あ~なんだ、シュマにはまだ早いだろう?」

「セイジだって私と同じぐらいでしょう!」

「あ~なんだ、ほらシュマには勉強がだな」

「勉強ならどこでもできますっ!」


 何度か兄妹で言いあいが続く。

 そしてとうとう……


「実はだな……セイジには恋人が居てだな……」


 隠し切れなくなりそうゲロってしまうエンスート。


「えっ……」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―――プイッ!


 本日のお嬢様は機嫌が悪いようだ。

 ここ最近、どこに行くにも一緒で、アレしてあげる、コレしてあげるって、それはもう、どっちが下僕か分からないほど、かいがいしかったのだが。

 しかし、プイッと横を向きながらもチラッ、チラッとこっちを盗み見てくる。

 なにかの合図だろうか。


「お嬢様、化粧水?」

「ち・が・い・ま・すっ!」


 またもやプィッと横を向く。

 言ってくれないと分からないのですが。

 とりあえずオレは自分の手に化粧水を出し、お嬢様のほっぺにペタペタ塗りたくる。


「ん~」


 ほっぺを膨らませながらもされるがままのお嬢様。とっても可愛らしいですよ?


「セイジ、あのねっ、セイジって、あのね?」


 あのねでは分かりませんよお嬢様。


「たたた・・大変だセイジ!」


 そこへ若旦那が駆け込んで来る。

 今度はなんでしょうか。


「王都から、人が・・」


 息を切らせながそう言ってくる。

 ふむ、王太子が来るのはもう少し先って話だったけど早めに着いたのかな?


「王太子どころじゃない人が来たんだよ!」


 えっ、王様でも来たの?


「僕の婚約者だってぇえ!」

「なんだってぇえ!?」


 若旦那の話では、お父上が婚約話の断りを入れてなかった模様。

 そこで、自分こそは若旦那の婚約者であると名乗りをあげた人物が王都からやって来たと。

 なんでも一定期間に婚約の断りが入らなかった場合、最も位の高い貴族が婚約者となるルールらしい。


「父上ぇえええ!」


 ちょっと落ち着きましょうよ若旦那。

 そんなに揺さぶると出来る話も出来ませんよ?


「いや、だってな、ほら、大貴族に断りなんて……こわいジャン?」

「こわいジャン、じゃねえぇえ!」


 大興奮の若旦那である。

 ダンジョンで追い詰められたときより興奮されてござる。


「あら、なにを騒いでいらっしゃるの?」


 そこへ噂の婚約者さんが登場。

 若旦那は男らしくガバリと土下座する。


「なんの真似でしょうか?」


 一生懸命、弁解される若旦那。


「なるほど……そういうことですか」


 ジロリとお父上を睨みつける婚約者さん。

 お父上はヒィって声を上げて震えている。うん、自業自得だよね。


「まあ宜しいですわ、妾ぐらいなら許可いたしましょう」


 自分が婦人になることは決定済みのようだ。

 お隣のハルシアお嬢様が、私も、私もって顔をしていらっしゃる。


「ち、違うんだ……僕は妾をとるつもりはない」

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