名探偵アミメキリン

 夕陽は景色を橙色に染め上げ、海の向こうに没しようとしていました。

 飛び回りながら、眼下を見下ろし、博士は口を開きます。

「お前たち、準備はいいですか?」

 いっせいに、はーい、と返事が返ってきます。

 セルリアンの大群を一網打尽に倒すための策が、まもなく実行に移されようとしています。

「わ、私にできるでしょうか……」

「大丈夫、大丈夫……」

 そのすばっしこい身のこなしをかわれ、囮を担うフレンズたち。

「良いか、今回は連携が要となる。連絡を密に取りあい――」

「わかってるってば」

 腕力自慢の、群からはぐれたセルリアンを討つ役目のフレンズたち。

「またじゃぱりまんを食べているの? 私たちの働きに懸かっているのに……」

「勿論、大丈夫なの……」

 空から援護を行うフレンズたち、等々……。

 それぞれが役目を与えられ、最後の確認に余念がありません。

「我々だけでうまくいくでしょうか」

 音もなく助手が隣に飛んできて、フレンズたちで混沌としている地上の様子を眺めます。

 博士は半分ほどが沈んだ陽に、目を向けました。

「我々の立てた作戦は完璧なのです。そして、それを実行する彼女らも信頼できます……たぶん」

「ふむ……。あとは名探偵たちが不安ですね」

「まあ、あいつらなら、うまいことやるでしょう……たぶん」

「たぶん、ばかりですね」

 淡々とした口調で指摘し、助手は地上へ下りていきます。

 博士はしばらく沈黙した後、気を取り直して最終確認に向かいました。


 地上の事情などつゆ知らず、キリンはドールシープに向けていた指を下ろしました。

「ど、ドールシープ……?」

 呆然とつぶやく彼女に、そうよ、とキリンは頷きます。

「ええ。あなたの本当の名前はドールシープ――長いから、『ルーシー』で、どうかしら?」

「いや、そうじゃなくて……」

 事態を呑み込めない顔で、ルーシーは掌を向けます。

「だって、私は――ヤギ、なんじゃ……」

「ごめんなさい。それは、私の間違った推理だったわ。白状するとね、ルーシー。私はあの時、適当にあなたをヤギと決めつけてしまったの」

 過去の自分を思い返し、苦々しい顔で、キリンは首を振ります。

「本当にごめんなさい……でも、だから、次会った時は正しい名前を言おうと思って、図書館で勉強したの」


 それは、キリンが畑の事件を解決した後のことです。

 結局ヤギ(推定)が図書館を訪れず、彼女の正しい名前がわからずじまいだったキリンは、博士たちに頼んで、フレンズたちの名前と見分け方を教えてもらったのでした。

 白いもこもこの毛、二本の角、該当する姿を持つけものは多く、その場での特定には至りませんでした。ですが勉強の甲斐あって、直接会って観察すれば、何者か判別することができるようになったのです。


「あなたの、ぐるりと曲がった大きな角――その外見――におい――今度こそ間違えないわ。あなたはヤギじゃなくて、ドールシープよ」

「に、におい?」

 思わず自分の身体を嗅ぎかけてしまい、誤魔化すように、ルーシーは咳払いをひとつ。

「で? それがどうしたって? 私がヤギだろうと、ドールシープだろうと、それがなにか問題?」

「ええ――、それこそが問題なのよ」

 キリンは指を立て、ゆっくりと彼女に歩み寄ります。

 推理が――名探偵アミメキリンによる推理が、はじまります。


「ルーシーは、どうしてフレンズを消そうなんて思ったのか? さっきあなたは言ったわよね。フレンズはみんなヒトの真似事をして、自然に反している――と」

 警戒の表情を浮かべながら、ルーシーは無言で頷きます。

「でもね、それはたぶん違う。普通ならそんなことを考える余地はない。あなたがほかの子たちを消したいのは、自分自身が誰かわからなかったから、というのが私の推理よ」

 キリンは足を進めながら、サンドスターを見下ろします。

「このパークにいるフレンズたちは、みんな自分の名前を知っている。それはフレンズ化した時に知っていることもあるし、博士たちに聞いて初めてわかることもある。でも例外なく、自分の名前を聞けば、その実感を持つもの――でも、あなたは違った」

「ヤギじゃ……なかった」

 思わずルーシーがつぶやきを漏らします。

「そしてこのパークにいる子は、あなたが言っていた通り、みんな何かをしている。私が名探偵になろうとしているように。ルーシーは、そんな子とたくさん逢ったんでしょう? 自分が何者か知っていて、何かをしようとしているフレンズたちに……」

 ルーシーが誰と逢って、なんの話をして、どんな冒険をしてきたのか――。

 それはキリンにはわかりません。もしかすると、自分をはるかに凌ぐような、とんでもない体験をしたのかもしれません。

 ルーシーはなにも答えません。それはつまり、キリンの言った通りということでした。

「自分を知らないあなたは、そんなフレンズたちを見て――、なんと思ったかは、わからないわ。憧れたのか、嫉んだのか……。でも、あなたがフレンズを消そうとしているのは、それが理由だと思う。少なくとも、自然に反するとか、セルリアンが守り神だから、ということでは、ないはず」

 ルーシーの目の前で、キリンは立ち止まります。

 互いの瞳に、相手の姿を映して。

「あなたは、ドールシープのルーシー」

 キリンはルーシーの頬に、手を伸ばしました。

「私は、ドールシープのルーシー……」

 ルーシーは触れられるがまま、小さな声で繰り返しました。

「あなたは自分が何者か知った。そして次に何をしたいか――好きに決められる」

「好きに……決められる」

 遠くふたりの姿を見て、ナマケモノは息をつきました。どうやらキリンは、ついにこの事件を解決したようです。


「……でも」

 震える声で、ルーシーは首を振ります。

「でも、私が何をしたいかなんてわからない! キリンやみんなみたいに、やりたいことなんて――なりたいものなんてない!」

 キリンは優しい瞳を浮かべました。

「今すぐでなくても、そのうちに――」

「キリンは!」

 ルーシーが叫んで、俯きます。

「キリンは、元に戻りたいと思ったことはない? こっちの姿の方が良いと思ってる? それで辛いこととか、嫌なことはなにもなかった? 本当に名探偵になりたいと思っている? どうして?」

「それは……」

 思わずキリンは黙りました。

 ルーシーは真剣な目でこちらを見ています。


 キリンは眼を閉じて考えます。

 フレンズになる前……。

 元の姿だったらと思ったことは、何度もあった。

 首が長く、遠くまで見通せて、草原を駆けていた、あの頃を……。

 でも……、フレンズにならなければ、きっと名探偵にはなれなかった。名探偵を知ることも、色んな子とお話をすることも、絶対になかった。

 そして、そう……。

 憧れのオオカミ先生は、ヒトが作った本を知って、漫画を描いたという。

 私はその漫画に憧れて、名探偵を……。

 でも、それで終わりじゃない。

 私が名探偵になることで、ナマケモノは探偵になった。

 そういう繋がり……。

 それは……。


「どっちも、ね」

 キリンは眼を開け、にこりと笑ってみせました。

「フレンズになる前も、フレンズになった後も、両方が私は大好きで、どっちも楽しかった……そう思う。それはまあ、勿論辛いことはあるけれど……。でもそんなのは大したことじゃない。片方を選ぶことなんてできないし、どっちも良い、としか言えないわ」

「…………」

 ルーシーは項垂れて、地面に膝をつきました。

 キリンは彼女の肩に手を乗せ、語り掛けます。

「大丈夫よ、ルーシー。きっとあなたもそう言えるようになる――そう言えるように、私も協力するから」

 ゆっくり頭を上げて、ルーシーはキリンに訊きます。

「……どうやって?」

 その言葉は棘のない、純粋な疑問のようで、キリンは安堵しました。

「そうね、とりあえず……」


 腕を組んで考え、すぐに答えは出ました。

「そうよ! 温泉に入りましょう! あなたが壊しちゃったけど……」

 後ろでナマケモノが溜息をつくのが聴こえます。

「……根に持ってるんだ、そのこと」

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