彼女の名前は

「フレンズを――消す?」

 呆然とキリンはつぶやきました。

「なに言ってるの? だいたい、あなただって……」

「そう。私を含めて、フレンズを消す、と言っている」

 平然と答えるその声に、キリンは信じられない、と首を振ります。

 なにも言えなくなった彼女に代わって、ナマケモノが口を開きました。

「……自然に反した存在って、どういうこと?」

 返事の代わりに軽く肩を竦め、三人の前に、なにかを投げ落とします。ラオ様が屈んで、それを拾い上げました。

「これは……」

「――野菜?」

 キリンが目を細め、つぶやきます。それは紛れもなく、あの畑で栽培されていた野菜でした。どういう意味、と視線を送って訊ねます。

「綺麗でしょ? ずっと前に摘みとられたられたはずのそれが、いまも綺麗なまま残っている」

「……それが?」

「おかしいと思わない? 普通、摘みとられた植物は、徐々に腐って、土に還っていく。それが、この野菜にはほぼない。それもこれも――」

 ちらりと、足許の巨穴を一瞥。

「――サンドスター。この物質を含んでいるから。ヒトの造ったものを保存し、フレンズを生み出した、すべての元凶……」

「元凶って」

 物騒な物言いに、キリンは眉をひそめます。


「君――キリンと別れてから、たくさんのフレンズと会った」

 独り言のような言葉が、響きます。

「みんな様々な見た目をして、それぞれの名前を持っていた。そしてみんなが、なにかをしようとしていた」

「なにかを……?」

 首を傾げたキリンに、冷徹な視線が向けられます。怯むことなく、キリンも見つめ返します。

「例えばキリンは、名探偵を。オオカミは作家を。ほかにも色々いた。ハンター、アイドル、歌手、踊り、合戦、自分の楽しいことをする者、誰かのためになることをする者、たくさん、たくさん……みんなみんな、の真似事ばかり」

 ヒト――。

 キリンはヒトのことを頭に巡らせます。昔このパークにいて、点在する様々な施設を造り、いつの間にか消えたり現れたり……。

 一度首を振って、彼女は続けます。

「そして私は、フレンズじゃない、けものたちの姿も、たくさん見た。フレンズになる前の姿……。自分が何者か知らず、なにかをすることもない、自然な、普通の姿を」

「……それは、フレンズはおかしい存在だと言いたいの?」

 普段と変わらない声で、淡々とナマケモノは訊ねます。

 彼女は大きく首肯しました。

「私は最初からそう言ってる。……この島はおかしい。サンドスターとかいう不気味な物質のせいで、自然にいるけものたちが、無理やりヒトの姿にされている。こんな恐ろしい場所はない」

「だからフレンズを消す、と?」

「そう。セルリアンこそがこの島の守り神。サンドスターを食べて、フレンズをけものに戻して、ヒトの造った建物を土に還してくれる……」

 彼女の声は、徐々に陶然とした色を帯びてきます。

「だから私はセルリアンを増やした! 計画を練ってきた! 実験を繰り返し――この日を待った!」

「実験……ね」

 キリンはつぶやいて、今まで出くわしてきた事件を思い返します。ぼろぼろになったじゃぱりカフェ2号店や、セルリアンでひしめくオアシス4の事を。

「ちょ、ちょっとまて!」

「……なに?」

 ふいに彼女の言葉を遮ったラオ様に、じろりと視線が向けられます。

 睨まれ、一瞬萎縮した後、ラオ様は「ぇほんっ」と咳払いして気を取り直しました。

「きさまの言ってることは、なんかややこしくて、よくわからんが……、でも、フレンズ化することとか、ヒトの建物だとか、それがなにか悪いことなのか? きさまが、なにか厭な思いでもしたのか? それならそれで――」

「……そんなことじゃない」

 苛立たしそうに首を振る彼女に、なおもラオ様はまくし立てます。

「まあそれはよい……よくないが。なら、このアナグマを巻き込んだのはどういう了見だ? きさまがやりたいことなら、きさまひとりがやればいいだろう。計画だなんだと言う割に、結局最後は他人任せなのか?」

「ぐっ」

 痛いところをつかれたのか、顔を顰め、ラオ様を睨みます。してやったりとばかり、ラオ様はにんまり笑って見せました。

「……ふ、ふん。そんなことは関係ない。死のうが死ぬまいが、最後はみんな、けものに戻るんだからっ」

「あ、それは違うわよ」

 すかさずキリンが突っ込みます。

「ち、違うって……なにが」

「べつにアナグマは死んでないってこと」


 キリンはアナグマに近寄ります。地面に膝をつき、彼女の耳元で何事か囁くと、アナグマはすぐにぱちぱちと瞬き、身体を起こしました。

「え、え、え?」

 驚いてその光景を見つめる彼女の前、眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をしたアナグマが、ぴょこんとお辞儀をしました。

「あ、そ、そのぅ……。どうも」

「ど、どういうこと? 君、死んだんじゃ――」

「えっと、死んだふりをしてただけでぇ……」

「そ、そうだったのか⁉」

 ぐったり倒れていた先ほどとは打って変わって、普通に立って喋る彼女を見て驚いたのは、ラオ様も同様でした。

「ど、どうして? どうして突然死んだふりなんかしたの?」

 思わず素の声で、アナグマを誘拐していた張本人が訊ねます。アナグマはもじもじしながら、伏し目がちに口を開きました。

「穴を掘れって言われて、私も好きだから掘ってたんですけど……、昨日あなたが独り言で、その、セルリアンでパークを襲うぞーって言ってたのを聞いてぇ……」

「まさか、それからずっと死んだふりを?」

「はぅぅ……。逃げ出す機会を窺ってたんですけど、全然そんな隙ないし、出口もわからないしで……まぁ、そのぅ」

 呆れた、とばかりに深い溜息が吐かれ、アナグマは申し訳なさそうに縮こまります。キリンが慌てて手を振り、

「あ、アナグマ。べつにあなたが申し訳なく思う必要ないのよ?」

「ですが、穴を掘れとお願いされたのにぃ……。じゃぱりまんも貰ったのにぃ……」

「結果的には大活躍だから! 相手の計画を頓挫させることができたわけだし……」

「そ、そうだぞ! 我が褒めてやらんこともないぞ!」

「……正しい判断だった」

 依頼と正義感の間で板挟みになっていたらしいアナグマを、三人がかりで必死に宥めます。

「本当ですかぁ?」

 鼻声で見上げてくるアナグマに、うんうんと頷いて見せます。

 アナグマが仕事を辞めていなければ、今頃ロッジも襲われ、大惨事になっていたであろうことは、想像に難くありません。

「それならよかったですぅ」

 説得が功を奏したのか、アナグマはようやく安心したように微笑みました。


「――頓挫?」

 そこへ、冷え切った声が響きました。

「なにが頓挫したというの?」

 キリンが立ち上がり、真正面から相手を見据えます。

「あなたの計画に決まっているでしょう」

 ふん、と鼻を鳴らし、彼女は真剣な表情を浮かべます。

「私の計画は頓挫なんてしていない。たしかに全部のトンネルからセルリアンを生むことはできなかったけれど――でも、セルリアンの数は充分。直にこの島からフレンズの姿はなくなる」

「残念だけど、そうはならないわ」

 キリンは首を振ります。

「この島のフレンズのことを、まだなにも知らないのね……。あなたが思っている以上にみんなは賢いし、強いし、いざという時には力を合わせるわ。それを私は――よく知っている」

 眼を瞑って、以前体験した、ある事件のことを思い返します。

「……そ、それがなに? 私がいる限り、何度でも同じ事件を起こしてやるわ! いずれ島がセルリアンでいっぱいになるまで……」

「それは、この私が阻止する」

 親指で、キリンは自分を指します。

「……わたしもね」

「わ、我も!」

 ナマケモノとラオ様が、キリンの後ろに立ちました。

「阻止? ど、どうやって? 私をセルリアンにでも食べさせる? そんなことが、キリンにできるの?」

「そんなことしないわ! なぜなら……」

 言葉を切って、キリンはたっぷり溜めを作ります。彼女の一挙手一投足に、注目が集まります。

「なぜなら、私はあなたの動機を解決する方法を、もう推理したからよ!」

「……は、はぁ?」

 対する彼女は、困惑の表情を浮かべました。

「推理って……、私の動機はさっき語った通りだし、解決もなにも……」

「いいえ、それが違うのよ」

 自信たっぷりに指を振ったキリンは、ふいに真剣な瞳になります。

「でもその前に、私はあなたに謝らないといけないの。……あの時は、適当なことを言って、ごめんなさい」

 そう言って、深く頭を下げます。

「あの時……?」

「だから、今度こそ――私は正しく推理するわ!」

 キリンは、ふっと優しい目つきで、彼女を見つめました。

 そして、

「あなた……」

 右腕を上げ、

 振り下ろし、

 指を突きつけ、

 思い切り息を吸いこんで、

「ドールシープね!」

「……え?」

 ドールシープ(鯨偶蹄目ウシ科ヒツジ属)は。

 その白いもこもこの毛と、二本の角を揺らし。

 なにも言えず、ただ、瞬きました。

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