辿り着いた地で

 暗いトンネルの先、光明が見えました。

「……!」

 逸る気持ちを抑え、キリンは慎重に歩を進めます。一歩一歩、丁寧に。

 そして辿り着いた場所。

 広大な地下空間は、色とりどりの輝きに充たされていました。

「これは……」

 数歩進んで、足許に空く巨大な穴に気づきました。

 呆然と、穴に渦巻くそれに目を奪われます。

 それは神秘の物質――。

 サンドスター。

 結晶と液体が交じり合う、虹色に輝く物質が、穴の中いっぱいに溜まっています。

 感嘆の溜息をついて、キリンがその光景を眺めていると、

「名探偵!」

「……キリン」

 唐突に響いた声に振り返ると、キリンが出て来たのとは別の横穴から、ラオ様とナマケモノが姿を現しました。

「ふたりとも、どうして……」

「湖に空いた穴を辿ってきたらついたのだ。それにしても……」

 ラオ様は周囲を見廻します。彼女はなにかを言おうと口を開きかけ、途中でやめました。

「ナマケモノは?」

「……ロッジの方の穴から。図書館にあったのと、同じだと思う。みんなは別の経路で避難してる」

「なるほど」

 ロッジの皆が避難したと聞き、キリンが安心して頷くと、ラオ様が不思議そうな表情を浮かべました。

「どういう意味だ? 穴――って?」

「ああ、それはね……」

 三人は、サンドスターの溜まった穴の周りを、歩きはじめました。

 どう要約して話すか、キリンはすこし考えます。

 とりあえずセルリアンが建物を優先的に狙っていたことを、掻い摘んで説明しました。

 ラオ様はひとまずそれに納得して、新たに浮かんだ疑問を述べます。

「ふむ……。それで、それと穴になんの関係がある?」

「もしこの事件に犯人がいるとしたら、セルリアンを建物に誘導しなくちゃいけないでしょ? でもセルリアンが指示を受けて、素直に従うとは思えないから――」

 キリンの言葉を、ナマケモノが継ぎます。

「……襲撃する対象のすぐ近くで、セルリアンをいい。あとはトンネル出口の光と、建築物に含まれたサンドスターに反応して、セルリアンが勝手に動いてくれる」

「え、サンドスター? どういうこと?」

 今度はキリンが疑問符を浮かべました。さすがの彼女も、サンドスターのことまで考えが至っていません。

「まあ、またあとで説明するね」

「そう? ……でもロッジへ延びる穴を使うって、危なくなかったの? まだセルリアンは来てなかったんでしょう?」

 今更の指摘ではありますが、キリンは急に不安になって言いました。

「うーん……。たしかにそうだけど、でもロッジだけ遅く襲う理由がないから。なにか不具合があったんだと思う」

 なんとも暢気な言い様に、キリンは眉根を寄せます。

「そんな危険なこと――」

「……私も探偵だから。危ない橋のひとつやふたつ、渡らせてよ」

 きっぱり言われ、キリンは黙りました。


 一体この場所はなんなのか、と考えつつ、足を動かします。時折サンドスターが甲高い音を立て、跳ねるのが見えました。

 穴の周りを歩き、そろそろ反対側の岸に着こうかという頃。

「あれは……!」

 真っ先にキリンが気づき、走り出します。

「むっ」

「…………」

 ラオ様とナマケモノも、キリンほどではないにせよ足を速め、彼女が走っていく先を見つめます。

 そこには、フレンズがひとり倒れていました。

「あなた、大丈――アナグマ⁉ どうしてここに⁉」

 眼を瞑り、俯せに倒れ伏しているのは、畑騒動の際に知り合ったフレンズ、ニホンアナグマです。キリンが身体を揺らし、頬を叩いても、反応はありません。

「ど、どうしたのだ、こやつは……」

「アナグマ……」

 ふたりが追い付いてきて、キリンの肩越しに不安な視線を向けます。

「め、目を覚まさないの……!」

 泣きそうになきながら、キリンは彼女の名を呼びます。

 いよいよマフラーで張り飛ばすしかないか――とキリンが首元に手を伸ばした、その時。


「――その子、もう起きないよ」


 広い空間に、落ち着いた声が響きました。

 三人は咄嗟に顔を上げ、声の主を捜します。しかし音が反響して、なかなか相手がどこにいるかわかりません。ぎりりと奥歯を鳴らして、キリンが叫びます。

「起きないって――どういうこと!」

「ここ暫くずっと穴を掘らせていたからかな、昨日ぱたんと倒れちゃって。休まず働かせたのがまずかったのかも」

「そんな……」

 いやいやと首を振って、アナグマの身体を抱えるキリン。

 声はなおも、姿を見せないまま響きます。

「そのせいでいくつか、仕掛けをしてる暇がなくなっちゃって……まったく」

「……なるほど」

 ナマケモノが、小声でつぶやきました。ロッジに通じる穴には、まだ仕掛けとやらが施されていなかったのでしょう。

「でもまあ――、おおむね実験通り、計画通りに進んでよかった。これで、この島からフレンズが消えるのも、時間の問題かな」

 こつん、こつん、と足音がします。

 やがて音の方向は収束し、ひとりのフレンズが、三人の前に現れました。

「ああ……、やっぱり、あなただったのね」

 キリンが嘆息します。

「久しぶり、キリン」

 白いもこもこの毛。

 二本の角。

「きさま……あの時の……」

 ラオ様は目を丸くし、またすぐに睨みつけます。

「あの時は名を聞いていなかったぞ! 名を名乗れ!」

 彼女は薄く微笑んで、お辞儀をしてみせました。

「私は――ヤギ」


 キリンの瞳に、白い影が映ります。ロッジで出逢った時から、変わらない姿です。ですが身に纏う雰囲気や口調は、あの日とは幾分違って見えました。

「随分と久しぶりね。あなた、すこし変わった?」

 頷いて、昔日を懐かしむような柔らかい声が答えます。

「あの頃はまだ、生まれて間もなかったから」

 ねえ、とナマケモノに背中をつつかれて、キリンが振り返ります。

「……ヤギって、あの? わたしたちがずっと追いかけてた?」

「そうよ。私は彼女を追って――ナマケモノや、ラオ様や、みんなと出逢ったの」

 あれからとても長い時間が経ったような気がします。

 キリンは首を振って、感傷を追い出しました。いまはそんなことを考えている場合ではありません。

 キリンは相手の瞳を、真正面から睨みつけました。

「あなたは、何をしようとしているの? セルリアンを生み出して、建物を襲わせて……」

「どうやって、とは訊かなくていい?」

 鼻を鳴らし、キリンは自慢げに口を開きます。

「そんな謎、とっくに解いてるわ!」

「……ああ、そういえば、キリンは名探偵だった」

 苦々しい顔で吐き捨てるように言います。

「え、も、もう推理してたのか?」

 背後のラオ様が、素っ頓狂な声を上げました。ナマケモノの顔を見ると、彼女もなんとなくはわかっているようで、また驚きます。

 キリンは指を立て、ぴょこりと尻尾を振りました。

「オアシス4を参考に、あれを大きくした仕掛けを作ったんでしょう? 水源は湖の水と――それで全部は無理だろうから、各地の水場。トンネルはアナグマに造らせた。あとサンドスターの供給源が謎だったけど……」

 音を立て渦巻くサンドスターを見て、キリンは頷きます。

「ここを使ったのね。準備を終えれば、あとはサンドスターが噴き出すのを待つだけ、といったところかしら」

 どう? とキリンは自信に充ちた視線を送ります。

「お見事……」

 顎に手を当て、この事件の首謀者は深く呻ります。どうやら推理は、見事的中したようです。

 よしっと思わずキリンはガッツポーズ。すぐポーズを解き、咳払いして誤魔化します。

「だ、だから、私にわからないのは動機だけ。どうして自分の敵であるセルリアンを増やし――あまつさえ襲わせるような真似をしたのか。それだけがわからないの。本当に、本当に……、なんでこんなことをしたの⁉」

 語尾を震わせ、キリンは叫びます。

「図書館に行く途中でいなくなって――追っても追ってもいなくて――やっと逢えたと思ったらこんな事件を起こして……」

 背後のナマケモノが、肩に手を乗せました。ありがとう、とつぶやくキリン。

 キリンの言葉を冷めた顔で聞いて、犯人はゆらりと角を揺らしました。

「そこの君――名前は?」

「……え、わたし?」

 自分を指差し、ナマケモノは首を傾げます。

「わたしはナマケモノ……探偵」

「そっちは?」

 今度はラオ様に視線が向けられます。

「わ、我はエダハヘラオヤモリ、悪魔探偵のラオ様である。……って、前会ったときも名乗っただろう!」

 小さい身体をぐっとそらして、ラオ様は腰に手を当てます。

「……そう」

 それを聞き、彼女は深く深く息を吐きました。

 顔を上げ、対峙する三人を睨みます。

「神秘の物質、サンドスター砂の星? ――冗談じゃない。は、消さないといけない。私がしたいのは、ただ、それだけ……」

 返す言葉が思いつかず、キリンはただ、彼女の顔を見つめていました。

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