すべての推理は真実に通ず
ばたばたとロッジ内を駆けまわっていたアリツカゲラは、さっきまでナマケモノが座っていたはずの椅子を見て、首を傾げました。
「あの、すみません。ナマケモノさんがどちらへ行かれたか、ご存知ですか?」
近くにいたフレンズに問いかけますが、「ふらりとどこかに行ってしまった」ということしかわかりません。
「大丈夫でしょうか……」
捜しに行くべきですが、生憎といまはロッジの準備で忙しい身です。彼女がしっかりしていることを信じ、ひとまずは準備に専念することにしました。
ロッジの奥の扉を押し開き、ナマケモノは外に出ます。ロッジ同士を結ぶ橋を渡っていくと、ふと下から伸びているものが目に入りました。
赤褐色の、細長い鉄塔――クレーンです。
「……これかな」
辺りへ視線を走らせ、下に降りられる場所がないか捜すと、太い樹の幹に巻きつくようにして螺旋階段が見つかりました。
地面まで降り、クレーンの真下へ歩を進めます。
「……あぁ、やっぱり」
近づいていくと、おおむね彼女の想像通りの光景が広がっていました。
「やっぱり、じゃないのです!」
「我々が、どれほど待ったと思っているのですか」
地面に空いた小さい穴の向こうで、博士と助手が不満げに顔を歪めました。
「ごめんごめん。でも、いまはそれどころじゃなくて」
屈んで、穴の向こうの博士たちに顔を寄せます。
「それどころじゃない? 我々の一大事以外になにがあるというですか」と博士。
「まったくです」と助手。
「それが、いまロッジにフレンズたちを避難させててね――」
ナマケモノが言い掛けると、ふたりは顔色を変え、口口に叫びました。
「だ――駄目です! ヒトの建物に避難させるなんて!」
「お、お前、今すぐロッジにいるフレンズたちを呼んでくるのです!」
「え? わ、わかった」
ふたりの取り乱す様子に、ただ事ではないと察したナマケモノは、すぐに踵を返しました。
「急ぐです! のんびり歩いてる暇はないです!」
背後から投げかけられた言葉に、ナマケモノは肩を竦めました。
「そんなこと言われてもなあ……」
数人のフレンズを引き連れ、ナマケモノが戻ってきました。
「お、来たですね」
「博士たち⁉ 生きてたの⁉」
ギンギツネが目を丸くして言いました。
「当たり前です。長はそう簡単に死なないです」
むっとして、助手が言いました。キタキツネは首を傾げ、
「……でも、どうしてそんな小さな穴のなかにいるの? 出られなくなったの?」
「べつに好きでこうしてるわけじゃないです。……お前たち、とにかく我々が出られるくらいに穴を拡げるのです」
指示を受け、穴掘りの得意なフレンズが前に出ます。あっという間に、穴は博士たちが出られる程度に広がりました。
「やれやれ……なのです。まさか出口がこんなに小さく造られていたとは……」
穴から身を出し、博士と助手は溜息をつきました。
「博士たち……、一体どうしてこんなところに?」
皆を代表してナマケモノが訊ねました。
「……いまは説明している暇はないです。とにかくロッジにいるフレンズたちを、こっちの穴に避難させるです」
「ど、どうしてでしょう……?」
アリツカゲラがふたりの顔を窺うと、深刻な顔で博士は口を開きます。
「このロッジは、もうすぐセルリアンの襲撃に遭うからです」
「嘘……」
「嘘じゃないです」
冗談を言っている顔ではありませんでした。
力を合わせ、ロッジに避難していたフレンズたちを、今度は穴に移していきます。中は小さめながら、長いトンネルになっているようでした。
「……でも、いま救助に向かっている方々にはどう伝えるんですの? それにこのロッジも襲われるとなったら……」
ふと、クロテンが不安気に尻尾を揺らしました。ロッジが襲われてしまったら、せっかくハンターたちがフレンズを連れてきても、行き場がなくなってしまいます。
「このトンネルの出口はほかにもあるです。そっちに避難させるよう伝えれば……」
言い掛けて、助手は眉をひそめました。
「……誰が伝えるか、考えてなかったです」
「えええ……」
皆が困惑するなか、
「じゃ、私がやるよ」
と軽い口調の声が上がりました。
「オオカミさん……⁉」
周辺の警備にあたっていたオオカミが、片手を挙げていました。
「そんな、危険ですよ!」
心配するアリツカゲラを制止して、彼女は片目を瞑りました。
「ま、危険になったら逃げるし。そうなったら、こっちからハンターたちを捜すよ。それくらいは……おや?」
耳をぴくりと反応させ、オオカミは空を見上げました。
つられて皆も空を見ると、逆光になって黒い影がふたつ、かなりの勢いで空から下りてきました。
「はぁ、お腹空いたの……」
それはお腹をさすり、哀切に充ちた表情を浮かべるクララと、
「皆、聞いて! このままだとこのロッジが襲われるわ!」
血相を変え、必死にそう訴えるキャプテンでした。皆の反応が鈍く、手を振って叫びます。
「ちょっと! 私はシリアスに言ってるの!」
「……うん、知ってる」
とりあえず、ナマケモノはそう言って彼女を宥めました。
「まったく、我じゃなかったら通れないぞ、こんな道……」
ぶつぶつ独り言を言いながら、狭いトンネルの中を進んでいくのは、ラオ様です。
トンネルは狭く、腰を曲げながらしか進めません。尤も、彼女にとってはそれほど大変というわけではないのですが。
湖の水が通った跡らしく、ひんやり、じめじめとした道。
「⁉」
背後に何者かの気配を感じ、咄嗟に振り向きます。
けれど誰もいません。自分の気のせいとわかり、ほっと胸を撫でおろします。どうにも、過敏になっているようでした。
前にも後ろにも長く伸びる、黒い闇を見て、ラオ様は身を震わせました。
「べ、べつに恐くないし⁉」
言い聞かせるように叫んで、足を速めます。
「ラオ様~悪魔の使い~
奇妙な節のついた歌を口ずさみながら、彼女は先へ歩いていきました。
キリンもまた、トンネルの中を歩んでいます。中はそれなりの大きさで、背の高い彼女でも普通に歩くことができました。
「やっぱりね……。図書館のすぐ近くまで延ばす必要があったんだわ」
歩きながら、キリンはうんうんと頷きます。
右手の壁に手を付いて、慎重に歩を進めていました。
「でも、もしピューマが遭遇したのが、そうだとしたら……」
考えを巡らせ、マフラーに触れます。
彼女は一瞬立ち止まって、上――といっても、いまはトンネルの天井なのですが――へ目を向けました。
「ロッジの皆、どうか無事でいて……」
つぶやいて、顔を前へ向け、また歩きはじめます。
とにかく、一刻も早くこの事態を解決する必要がありました。
次々やってくるフレンズの場所を空けるため、トンネルの奥へ奥へと、博士たち一行は進みます。
「なるほど、朝からたまに響いていた音は、そういう意味だったんですか」
納得したように、アリツカゲラは手を打ちました。
「なるほどじゃないのです。普通音がしたら見に来るものでしょう」
博士が鼻を鳴らしました。
「そうは言われましても……。ところでこのトンネル、博士たちが造ったんですか?」
壁に手を当てつつ言うと、ふたりは揃って首を振りました。
「違うです。というか、そんな
「あ、それもそうですね」
クレーンがなにか知りませんが、アリツカゲラは頷いておきました。
「これはアナグマに造らせたのです。食料貯蔵庫として、各地に延ばしておいたですが……、まさか避難所として使うことになろうとは」
助手が頭を抱えました。
「文句を言おうにも、行方を晦ませているですし……まったく」
「アナグマが? そ、それって、セルリアンに食べられたんじゃ……」
横から話を聞いていたキャプテンが、語尾を震わせて言いました。
それを博士は、冷静に否定します。
「たぶんこれは別件です。アナグマがいなくなったのは、セルリアン騒ぎが起きる前ですから」
ほっと安堵したキャプテンに、今度は博士たちが質問します。
「ところでハクトウワシ、どうしておまえはロッジが危ないとわかったですか?」と助手。
「そうです。それを聞かせるです」と博士。
「いや、べつに私がわかったんじゃなくて、キリンが言っていたのを聞いただけなんだけど……」
「キリン……、ああ、あの」
虫メガネを渡した彼女のことを思い出したのか、ふたりは頷き合いました。
「まさか我々以外にも、この結論に至る者がいようとは……」
「ですね。それで、キリンはどう言っていたですか?」
「えっとね、たしか――」
キャプテンは斜め上を見て、キリンの言葉を思い出します。
「いい? 理由はわからないけど、セルリアンは建物を優先的に襲っているのよ」
指を立て、キリンは口を開きました。
「建物を? でも、森で襲われたっていう話もあるけど……」
キャプテンが首を傾げます。
「当然それもあるわ。でも、第一の狙いは建物だと思う。大きな群れが出来ているのは、建物を襲った後のセルリアンが、ほかのセルリアンと合流しているからでしょう。温泉――あの一面が雪の地方に、突然セルリアンの群れが姿を現した理由は、そう考れば自然よ」
「う~ん……。それで、図書館が消えた理由は?」
「セルリアンの能力――だと思うわ」
キャプテンは、えっ、とつぶやいて、キリンの顔をまじまじと見つめます。セルリアンに建物を消す力があるなんて、聞いたことがありません。
「消すというか――、朽ちさせるね。セルリアンが訪れた後、ぼろぼろになったっていう建物を見たことがあるの」
キリンが思い浮かべているのは、無論ジャパリカフェ2号店のことです。
「それに、私たちが襲われた温泉……。小さいセルリアンしかいなかったのに、あっさりあの建物が潰されてしまったのは、セルリアンがその力を使ったからだと思う。この図書館にしてもそう――」
図書館の跡地と、そこにある朽ちた木材を見て、キリンは言葉を紡ぎます。
「セルリアンがこの図書館を、ぼろぼろに崩れるまで襲ったんでしょう。だから、次はロッジが危ないと思うのよ」
「ロッジも、セルリアンの襲撃対象になっている――?」
キャプテンのつぶやきに、キリンが無言で頷きを返しました。
話を聞いて、博士と助手は思わず感心息を漏らしました。
「原理を理解せず、そこまで推理するとは……」
「原理?」
「そうです」
キャプテンが訊ねると、ふたりは我が意を得たりとばかりに、嬉々として説明しはじめました。まず、助手が口を開きます。
「まず、我々の使っていたヒトの建築物が、なぜ古びることなく、丈夫なままだったのか疑問に思ったことは――ないですか……。ま、まあいいです。とにかく、あれだけ昔に造られた建物が、現在でもまだ使えるのは、サンドスターを多分に含んだためと言われているです。やはり、実に不思議な物質なのです」
理解が追いつかず呆気にとられる皆の前で、次いで博士が喋り出します。
「まあサンドスターの神秘は措いておくとして――、セルリアンの主食もまた、サンドスターと推測されているです。……もうわかるですね? そうです、まだ仮説ですが、セルリアンが建物に含まれたサンドスターを食べた場合、建物はそれまでの保存状態を喪い――一気に古くなる、ということです」
わかったですか、と見廻しますが、皆は曖昧に頷くばかりです。とにかくセルリアンが建物を襲う、ということだけは理解できましたが……。
「しかしひとりでこれを見抜くとは、大した名探偵ぶりです」
珍しく、助手が他人のことを褒めました。キリンがこの場にいれば、飛び上がって喜んだでしょう。
「そうそう、キリンといえば、彼女にはもうひとりコンビがいたはずですが――」
博士はきょろきょろと首を回します。
「さっきの、ナマケモノはどこにいるですか?」
「え?」
言われてみれば、ナマケモノの姿がどこにも見えません。ロッジからトンネルへの避難誘導を行っていたのは見ましたが、その後どこに行ったのか……。
ナマケモノは――。
彼女もまた、ひとりトンネルの中を歩んでいました。博士たちのいるトンネルではありません。
ゆっくりとした歩みながら、彼女もまた推理を終え、真相に向かっていました。
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