さんにんの探偵、再び
「えっと、キリン殿――?」
記憶と違う姿を見て、プレーリーとビーバーはぱちぱち瞬きます。
「いや、どう見ても違うと思うっすけど……」
「ふはは、よくぞ見抜いたな!」
「いや、見抜くもなにも……」
困惑した表情を浮かべたビーバーを、びしりと指差し、
「そう、我こそあのキリンに
ラオ様は胸を張りました。
「はあ……」
「おぉ! なんかすごいでありますな!」
眉根を寄せるビーバーに対して、プレーリーは眼を輝かせました。
「わかるか、このすごさが! きさま、なかなか見る目があるではないか!」
言って、ラオ様は哄笑します。
しかしいつまで経っても笑いを止めず、しびれを切らしたクララが、彼女の背後に近寄ります。
「……ラオ? 調査は?」
「お、おぅ……。わかっている」
耳元で囁かれた言葉に一瞬身を竦ませ、ラオ様はプレーリーとビーバーに向き直ります。
「この湖の水がなくなった――ということらしいが……、ほんとうなのかっ?」
彼女が立っているのは、水などない大地の上です。すこし湿ってはいるようですが、とても湖があった場所とは思えません。
ふたりは顔を見合わせ、首を縦に振りました。
「昨夜寝る時は、なんともなかったっすが……」
「ふーむ……」
「ほ、本当っすよ!」
「いや、べつに疑っているわけではない」
ラオ様は鷹揚に頷きを返します。
「とりあえず、この湖を見てまわりたい。我を案内してもよいぞ!」
「もちろんであります!」
プレーリーがぴょこんと立ち上がりました。
「クララは上から見て、なにか異常がないか捜してくれ」
「えー……。クララはお腹空いた……」
「いいではないか! 悪魔繋がりのよしみで、ひとつ!」
「わかった、わかったの」
クララは不満そうに頬を膨らませ、不承不承の体で飛び上がりました。
木材が積み上げられた一角を、ビーバーが指差します。
「あれがダムっす」
「だむ?」
首を横に倒すラオ様。
「あ、ダムというのは、水をせき止めておくものっす。俺っちが造ったものなんすけど……」
「ふむふむ」
頷いて、ラオ様は手を打ちました。
「わかったぞ! そのだむとやらに、穴でもあいていたのではないか?」
ビーバーはややむっとして答えました。
「そ、それはないはずっす。真っ先に確認したっすから……」
「そうであります! ビーバー殿の建築はそう簡単に壊れないであります!」
ふたりの剣幕に圧され、ラオ様はこくこく頷きました。
「そ、そうか……」
言って、上空のクララを見上げます。
「クララぁー! なにか見えるかぁー?」
「なんにもー」
飛びながら、クララは器用に肩を竦めてみせました。
「ど、どうでありますか? なにかわかったでありますか?」
上空から見える範囲におかしなところはなく、ダムが壊れたわけでもない。そんな謎が解けるのだろうか、とプレーリーは思います。
すると、ラオ様は平然と答えました。
「当然だろう! もう謎はとけているのだ!」
「そうなんすか⁉」
「そうなんでありますか⁉」
ふたり分の驚きが重なりました。様子を見て、飛んでいたクララも、彼女たちの許へ下りてきます。
「……どうしたの?」
「ははは、クララ。さっそく我が謎解きをしてやろうとおもってな!」
「……そう」
「ちょ、なんでそっぽを向くのだ! クララ!」
「……あ、あの、ラオ殿、謎が解けているとは、どういう――」
喧嘩をはじめそうなふたりに、プレーリーが割って入ります。この異常事態に、そんなことをしている暇はありません。
ラオ様は顔を顰めつつも、クララから視線を戻し、咳払いをします。
「ま、まぁ良い。簡単なことだ。湖から水がなくなり、だむとかいうのにも問題がないなら、あとはひとつしかないだろう」
「それは――」
ごくり、とビーバーは喉を鳴らします。
ラオ様はにやりと笑って、人差し指を、自分の足許に向けました。
「湖の底に穴があいたのだ!」
「…………」
「…………」
「…………」
胸を張る彼女の前で、三人は黙りこくります。
「い、いや、本当だ! それ以外には考えられない!」
ラオ様はあわあわと手を振り、必死に主張します。
呆気にとられているふたりに代わって、クララが口を開きました。
「ラオ、それは――」
どうかと思うけど、と言い掛けたところを、ラオ様が遮ります。
「わ、わかった! 証拠を見せてやる!」
「証拠?」
「そう! 我の推理が正しければ、穴が見つかるはずだ!」
「いや、でも、そんなもの……」
クララが上を飛んでみた限りでは、そんなものは見ていません。そう説明すると、ラオ様は、ふんと鼻を鳴らしました。
「クララは空ばかり飛んでいるから駄目なのだ。地面のことは我に任せるがよい!」
「……空から見ろ、と言ったのはラオだと思うけど」
「見るがいい、これぞ我がおうぎ……はっ」
クララの不平を黙殺して、ラオ様はぺったりと地べたに伏せました。普段は落ち葉に擬態している彼女の、いつもの姿勢です。
そのままぐるぐる回ったり、這うように動いたりした後、彼女は唐突に立ち上がりました。
「うぉぅっ」
プレーリーが驚く前で、ラオ様が一点を見つめ駆け出しました。
三人は怪訝な表情のまま、彼女の跡を追います。
ラオ様が立ち止まったのは、湖の底――いまは地面ですが――でも、枯れた枝葉の溜まった場所でした。彼女が腰を下ろし、それを恐る恐るといった風に持ち上げます。すると――。
そこには、フレンズひとりが悠々通れるほどの大穴が空いていました。
おぉ、と思わず息を呑む三人。
「わははは! どうだ見たか! この悪魔探偵の推理力を!」
ラオ様がぴょんぴょん飛び跳ねます。自分でも若干驚いていることは内緒でした。
「す、すごいであります!」
「すごいっす……」
素直な賛辞を述べるふたりに、ラオ様は鼻高々です。
「ふふふ、そうであろうそうであろう! ……ほら、クララ、なにか感想はないのか?」
クララは少しの間、なにか迷っているようでしたが、やがて微笑むと、黙って拍手を送りました。
「はっはっはっは!」
ラオ様の高笑いが、辺りに響き渡ります。
「さて、行くか」
「え?」
当然のように言ったラオ様の顔を、思わずクララは見つめます。
「? どうした、クララ」
「いえ、行くって……どこへ? ロッジに戻るの?」
「なにを言っている」
ラオ様は目の前に黒々と口を開ける、大穴を指差します。
「この穴の中に決まっているだろう」
「穴? どうして?」
「どうしてもなにも、この先に犯人がいるに違いないからだ! こんな悪いことをするなんて、今回のセルリアンの発生にも関わっているかもしれない。クララはロッジへ行って、応援を呼んでくるがよい。我は先行する!」
「……ひとりで? 本気?」
「当たり前だろう! とっ捕まえて、我が
鼻息荒く叫ぶ様を見て、クララは天を仰ぎました。
ところ変わって、キャプテンに抱えられたキリンが、図書館へ到着しました。
「うわ、本当になくなってる……」
森が途切れ草原になり、しかしそこにあるはずの図書館は消えていました。キリンにとっては、初依頼を受けた想い出の地でもありますが、いまは見る影もありません。
「朝来たらこうなってたの。危険かと思って、その時はあんまり近づかなかったんだけど……」
キャプテンは図書館跡地のすぐ前に着地しました。事件の解決に来た以上、近づかないわけにはいきません。
さっそく虫メガネを取り出し、キリンは観察をはじめます。
図書館のあった場所には、ぼろぼろになった木材が大量に積み重なっています。試しに手に持ってみると、力を入れるまでもなく崩れてしまいました。相当古い、朽ちた状態のようです。
「……?」
図書館が消え、朽ちた木材が代わりに現れた?
キリンは首を捻りつつ、跡地のまわりをぐるりと回ります。キャプテンはセルリアンが現れないか、上空を飛びながら、彼女の警護にあたります。
一通り見て廻りましたが、気になるものは見つけられませんでした。
「う~ん……」
腕を組み、キリンは考えます。
マフラーを軽くいじり、眼を瞑りますが、名案は浮かびません。
「さすがの名探偵でも、難しそうね……」
その姿を見下ろして、キャプテンはつぶやきます。
しかしキリンは、事件の謎がわからずに悩んでいるのではありませんでした。
彼女が考えているのは、奇妙な既視感のことです。
「この光景、なんか見覚えがあるのよね……」
しかし、彼女は建物が消えるなどという事件に遭遇したことはありません。だとすれば、どこで、なにを……?
うんうん呻って、懸命に記憶を辿ります。
そして――。
「あ」
閃光のように脳裡を過ぎる画。
咄嗟にキリンは顔を上げました。すぐ首を振って、口に手を当てます。
――いえ、だとすると、これは……。
「どうしたの、名探偵?」
ただならぬ気配を察して、キャプテンが下りてきます。
「キャプテン……。あなた、今すぐロッジに戻って!」
キリンは彼女の両肩を揺さぶりました。
「え、え? どういう意味?」
「とにかく、早く!」
「ちょ、ちょっと!」
自分の肩を摑む手を外し、キャプテンはキリンの両頬を挟みます。
「落ち着いて、名探偵。突然どうしたの?」
荒い呼吸を整え、キリンは言いました。
「このままだと、ロッジが危険なの! 早くロッジに!」
「ロッジが?」
うんうん、と頷くキリンの瞳を見る限り、冗談を言っている風ではありません。
キャプテンは真剣に頷きました。
「わかった。すぐに行きましょう。ほら、摑まって」
そう言って腕を伸ばしますが、しかしキリンは一歩下がりました。
「私は……まだやることがある。ここに残るわ」
すこし俯いて、キリンは言います
「な――」
絶句して、キャプテンは彼女をきっと睨みつけます。
「なにを言ってるの! またいつセルリアンが現れるかもわからない場所に、ひとりで残していけるわけないでしょう!」
「いいから!」
負けず劣らずの声で、キリンも叫びます。
「……いいから、キャプテンは行って頂戴。私は大丈夫だから」
対するキャプテンも食い下がります。
「駄目よ。どうしてもと言うなら、理由を説明して」
キリンはすこし迷った後、口を開きました。
「わかったわ。いい、キャプテン? 私の推理が正しければ――」
説明を聞き終えたキャプテンは、「まさか……」とつぶやき、信じられないという表情を浮かべます。しかし反論は浮かびません。
やがて諦めたように、キリンを見据えました。
「……わかったわ。くれぐれも無茶はしないようにね、キリン」
キリンは胸をどんと叩き、答えました。
「大丈夫よ!」
さらに、同じ頃。
ロッジへ避難してきたフレンズたち数人から話を聞いたものの、有効な情報は得られず、ナマケモノは溜息をついていました。
「みんな、大丈夫かな……」
なんとなく窓の外へ視線を向けると、奇妙な音が聞こえてきます。
「……そういえば、アリツカゲラがなんか言ってたような」
彼女の話によると、朝からずっと響いている音だ、ということです。
まあ今はそれどころじゃないか、とそれを頭から追い出した瞬間。
ある考えに思い至り、ナマケモノは双眸を見開きました。
がたり、と音を立て、椅子から腰を上げます。
「とすると……」
相変わらずゆったりした動きながら、ナマケモノはロッジの奥へ、姿を消していきました。
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